エルダー2019年6月号
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エルダー47慢性疲労症候群の発見長年の共同研究者の倉くら恒つね弘ひろ彦ひこ先生・木き谷たに照てる夫お先生らにより、1990(平成2)年に日本で初めての「慢性疲労症候群」(Chronic Fatigue Syndrome、以下、「CFS」)の患者が大阪大学医学部微生物病研究所附属病院で発見され、診断を受けました。CFSは、現在では「筋きん痛つう性せい脳のう脊せき髄ずい炎えん/慢性疲労症候群」(ME/CFS)と名称が変更されています。健康に生活していた人が、ある日突然、原因不明の強い全身倦怠感におそわれ、通常の生活を送ることが困難になる病気です。重度の疲労感とともに微熱・頭痛・咽いん頭とう痛つう・脱力感・思考力の低下・抑うつなどが長く続きます。ストレスや遺伝的要因による神経・内分泌・免疫系の変調に基づく疾患というところがクローズアップされていますが、いまだ原因は十分には解明されていません。そのため、1992年から筆者らは、CFS患者たちの脳内異常の原因を調べるために、当時、スウェーデンと国際共同研究を進めることに決定していたポジトロンエミッショントモグラフィー(PET)※2研究の枠組みのなかで疲労の脳科学研究を開始しました。ここからの研究経過の詳細はいずれ紹介しますが、CFSのような厳しい病的疲労の研究を懸命に進めていったところ、私たち人間の疲労のメカニズムに関しても、当時は何もわかっていないことに気づいたのです。日本の疲労研究の現状そこでCFSの研究に並行して、疲労の研究、とくに、疲労の脳科学、神経―免疫―内分泌相関研究に歩みを進め、1999年から6年間の文部科学省科学技術振興調整費による生活者ニーズ対応研究「疲労および疲労感の分子・神経メカニズムとその防御に関する研究」(平成11―16年度)、日本学術振興会21世紀COEプログラム「疲労克服研究教育拠点の形成」(平成16―20年度)、科学技術振興機構・社会技術研究『脳科学と教育』公募研究「非侵襲的脳機能計測を用いた意欲の脳内機序と学習効率に関するコホート研究」(平成16―21年度)において、筆者を研究代表者として、脳機能・形態・分子イメージング・バイオマーカー・コホート研究※3より疲労倦怠・意欲低下の分子・脳病態解明につながる多くの研究成果をあげてきました。これらの研究では、国内外の30にもおよぶ大学・研究機関との共同研究を推進し、3回にわたる国際疲労学会を主催、2005年には日本疲労学会を設立しました。学会を契機に、①多角的な研究を進めて疲労が起こるメカニズムを解明してきたこと、②さまざまな要因による疲労度合を計る「尺度」を発見し、自身の疲労感も含めて疲労度合の計測を進めてきたこと、③慢性疲労症候群、人工透析患者などの疲労倦怠の臨床研究を進める疲労クリニカルセンターや疲労計測ラボを設けて疲労による病気の診断・治療に努めてきたこと、④これらの環境を最大限に利用し、抗疲労・癒し製品・サービス開発プロジェクトを立ち上げ推進してきたこと、⑤子どもの慢性疲労と学習意欲の研究により、学習意欲低下児の生活改善・教育向上の糸口を見いだしたこと、が大きな成果として、国内外で高い評価を得ています。国は高齢者雇用を推進し、生涯現役社会の実現を目ざしています。高齢者雇用を進めるうえでも、「疲労とは何なのか?」、「疲労により生じる症状は何か?」など、疲労の原因とメカニズム、疲労と意欲、疲労回復の方法、過労のメカニズム、過労の予防方法などを知ることは重要です。この連載では、こうした観点から、私たちの取組みを中心に疲労をめぐる問題を解説していきます。わたなべ・やすよし京都大学大学院医学研究科博士課程修了、大阪医科大学医学部・講師、大阪バイオサイエンス研究所・研究部長、大阪市立大学大学院医学研究科・教授、理化学研究所分子イメージング科学研究センター・センター長、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター・センター長、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長等を歴任し、現在は、理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム・プログラムディレクター、理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター・顧問を兼任。日本疲労学会・理事長。※2 ポジトロンエミッショントモグラフィー……体内の物質の分布を測定し、各種の疾病の診断に用いる手法※3 コホート研究……特定の要因に曝露した集団としていない集団を一定期間追跡し、疾病の発生率を比較する手法

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