エルダー2019年7月号
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懲戒事由の限界2就業規則に懲戒事由を定めておくことで懲戒処分の対象とすることができるといえども、いかなる行為であっても対象とできるわけではありません。就業規則は、あくまでも労働契約を補完するものであるため、根本的には労働契約と関連性がある範囲、すなわち、職務上の行為を対象として定めることが原則です。したがって、私生活上の非行、例えば、犯罪行為(自動車運転過失致死傷罪や窃盗罪など)が行われたことを理由として懲戒処分を行うことは、原則として、許されません。とはいえ、私生活上の非行が使用者の事業にまったく影響しないともかぎらないため、事業活動に直接の影響があるような私生活上の行為(労働者の犯罪行為が使用者の営業停止等の処分につながるケースなど)や、私生活上の行為が結果として企業の信用を毀き損そんするような行為については、懲戒処分が許容される場合もあります。近年、問題となっているのは、SNSなどのプライベートにおける発信が、使用者の信用へ影響するようなケースですが、このような場合に対応するためには、「使用者の名誉信用を毀損するような行為」を懲戒事由として規定しておくことが必要でしょう。懲戒権濫用の中身3客観的な合理性および社会通念上の相当性がなければ、懲戒権は無効となりますが、いかなる要素が考慮されるのでしょうか。懲戒事由が客観的に存在していること自体は必要ですが、それ以外にどのような要素が考慮されるのかについては、主要な考慮要素として、「不遡及の原則」、「二重処分の禁止」、「平等性の原則」などに整理されています。「不遡及の原則」とは、非違行為が行われた当時の就業規則に基づかなければ懲戒処分を行うことはできず、非違行為の後に就業規則を改定して懲戒処分の対象とすることはできないという意味です。そのため、懲戒事由については、自社にとって禁止すべき行為が網羅されているか、現在の社会的な情勢をふまえているかなど、定期的に見直すことで、十分な内容が定められているか否か確認しておくことが望ましいでしょう。「二重処分の禁止」とは、一度、懲戒処分を行った場合には、後日、その処分を重くしたり、複数回にわたって懲戒処分を行ったりすることはできないという意味です。例えば、懲戒事由の調査や処分の程度を検討することを目的に、一度、出勤停止の懲戒処分を科したのち、調査結果をふまえて懲戒解雇を行うようなことは許されないと考えられています。この場合、出勤停止については懲戒処分としてではなく、自宅待機命令といった業務命令の一環で行う必要があり、その場合、労働者の責に帰すべき事由がないかぎりは、少なくとも休業手当として6割の賃金を支払う必要があると考えられます。「平等性の原則」は、懲戒処分を行うにあたってもっとも留意する必要がある原則の一つです。社内において同等の非違行為に対しては、同程度の処分をもって臨むべきであるという考え方です。非違行為については、さまざまな行為が想定され、同じ行為は一つとして存在しないと考えられますが、非違行為による損害の程度、反復継続性、処分歴などをふまえて、平等性を欠くことがないように留意する必要があります。また、初めての懲戒処分であっても、平等性の原則は無関係ではなく、今後の懲戒処分にあたって先例として評価されることをふまえて、懲戒処分の程度を検討し、将来にわたって規律を維持することを意識する必要があるでしょう。これらの原則以外にも懲戒の種類は総合的に考慮されることになるため、不遡及の原則に類似する考え方として、非違行為当時の懲戒事由に基づくものではあるものの、非違行為が行われてから長期間経過したケースにおいて、懲戒権の濫用と判断されたものもあります。エルダー51知っておきたい労働法AA&&Q

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