エルダー2019年7月号
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エルダー55あったのですが、「一生懸命活動すれば疲れるのはあたり前」、「病気になれば疲労・倦怠感が生じるのはあたり前」という観念や諦念によって、疲労は「医学・医療の忘れ物」になっていたのです。「疲労」の定義とは2005年に設立した一般社団法人日本疲労学会(http://www.hirougakkai.com/)では、「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である。疲労は『疲労』と『疲労感』とに区別して用いられることがあり、『疲労』は心身への過負荷により生じた活動能力の低下を言い、『疲労感』は疲労が存在することを自覚する感覚で、多くの場合は不快感と活動意欲の低下が認められる。様々な疾病の際にみられる全身倦怠感、だるさ、脱力感は『疲労感』とほぼ同義に用いられている」としています(2010年日本疲労学会「疲労」定義委員会)。研究のうえでは、「過度の肉体的および精神的活動によって生じる作業能率や作業効率が統計的有意に低下した状態」を疲労と定義しています。このように定義すれば、疲労が客観的に計測できることになるからです。よく問われるのは、「疲労とストレスはどう違うのか」ですが、疲労はストレスが重積して起こる作業能率低下状態であり、原因と結果の関係にあると考えられます。また、医療の世界では、疲労は未病の最たるものと考えられ、回復しない疲労は、さまざまな疾病へと移行する原因(予知因子)ととらえています。その一方、多数の病気による全身倦怠感は、症しょう候こう学がく(さまざまな訴えや診察所見を統合し医学的な意味づけを行う)では大きな要素であり、一般病院などのプライマリーケア※を来訪する患者の2番目に多い主しゅ訴そであり、1番多い主訴の「痛み」とも僅差であることから、疲労を医学的に解明し何らかの医療的措置を施すことは非常に重要なことです。「疲労」研究の最前線みなさんもよくおわかりになると思いますが、疲労は精神的・肉体的に複合した要因で起こります。このため疲労のメカニズムの解明には、さまざまな原因によって起こる疲労を、運動性疲労、精神活動性疲労、感染免疫アレルギー性疲労などの要因別にわけて研究していくことが重要です。私たちは、さまざまな要因別の「疲労」という状態に共通した分子機構や神経系・免疫系・内分泌系にわたる問題をクローズアップするという戦略で研究を進めてきました。筆者が理事長を務めている一般社団法人日本疲労学会では、疲労や慢性疲労に関する日本オリジナルの研究を進めています。この連載ではこれから、こうした研究によって得られた成果をもとに、みなさんの関心が高いと思われる「高齢者の疲労」にも触れていきます。高齢者の疲労といえば、自律神経の機能のうち、疲労の指標となる副交感神経の活動が「65歳群」、「70歳群」、「75歳群」と年齢が上がるにつれて明らかに低下することがわかりました。また、指先の単純な運動課題や数字を昇順に探す課題でも、加齢にともなって反応時間が遅れることが明らかになっています。「人生100年時代」といわれるなか、高齢労働者に活き活きと働いてもらうためには、疲労とその回復が重要な課題となることがわかります。次号からは、「疲労のものさし」、「疲労を低減するための対策」、「過労を予防するための食事・環境・運動・行動」などを紹介していきたいと思います。※ プライマリーケア……身近にあり幅広く診療する総合的な医療わたなべ・やすよし京都大学大学院医学研究科博士課程修了、大阪医科大学医学部・講師、大阪バイオサイエンス研究所・研究部長、大阪市立大学大学院医学研究科・教授、理化学研究所分子イメージング科学研究センター・センター長、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター・センター長、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長等を歴任し、現在は、理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム・プログラムディレクター、理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター・顧問を兼任。日本疲労学会・理事長。

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