エルダー2019年10月号
52/68

2019.1050睡眠は、身体の疲労のみならず、脳の疲労回復にとっても極めて重要な生理現象です。このため、ヒトは1日約7時間、人生の約3分の1に近い時間を、一見すると非生産的に見える睡眠という行為のために割さいているのです。そして、睡眠は、適切な時間(量)に加え、その深さなどの質についても、疲労回復のために重要な要素となっているのです。そこで、今回は疲労回復に重要な役割を果たす、睡眠について紹介します。睡眠不足と脳機能の低下脳は膨大なエネルギーを消費する器官です。脳の重さは体重のおよそ2%ですが、エネルギーとしては、身体全体の約2割を消費しています。また、脳の活動のエネルギーのほとんどはブドウ糖に依存しており、全身のブドウ糖の必要量の約25%を脳が使っています。これほど大きなエネルギーを使う脳は、眠らないこと(断眠)によって、エネルギーとしてのブドウ糖を上手に活用できなくなります。ラットを使った実験の結果によると、1日の断眠によって脳のブドウ糖の利用能力は断眠前と比較して約6割に低下し、さらに5日の断眠を続けると、約4割に低下しました。一方、5日間の断眠による低下は、1日の睡眠によってかなり回復することがわかっています。このように、脳の疲労を回復させる能力が睡眠の本質のひとつともいえそうです。睡眠障害と疲労筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)※1の患者さんの多くに、睡眠の質の低下が認められています。これはどういうことかというと、健常者では睡眠時に上昇するはずの「副交感神経」が、ME/CFSの患者さんでは上昇しない傾向にあることがわかっています(図表)。つまり、副交感神経が生体のリズムにしたがって正常に活動していない場合は、たとえ睡眠時間を十分に確保できたとしても、質のよい睡眠が得られたとはいえないのです。いわゆる〝目覚めのよい睡眠〞が取れません。ますます疲労を助長する〝負のスパイラル〞に入るともいえます。このような自律神経系のバランスの乱れはME/CFSの患者さんの多くに認められています。自律神経系のバランスの乱れによって、疲労の回復が阻害されるだけではなく、注意力や集中力、思考力の低下にも関係すると考えられています。つまり、就寝中の副交感神経の機能の低下が、疲労の問題の要因となっている可能性が考えられています。※1  筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群……健康に生活していた人が、社会的・物理的・化学的・生物学的ストレスがきっかけとなり、原因不明の激しい全身倦怠感に襲われ、それ以降、日常生活に支障をきたす強度の疲労感とともに、身体を動かした後の微熱、頭痛、脱力感、筋肉痛、思考力の低下、抑うつ状態などの症状が長期にわたって続き、健全な社会生活が送れなくなる疾患。日本には約30万人の患者がいると推計されている第5回疲労からの回復と睡眠の質国立研究開発法人理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム プログラムディレクター 渡わた辺なべ恭やす良よし 高齢者が毎日イキイキと働くためには、「疲労回復」の視点を持つことも重要になります。この連載では、「疲労回復」をキーワードに、“身体と心の疲労回復”のために効果的な手法を科学的な根拠にもとづき紹介します。科学の視点で読み解く身体と心の疲労回復

元のページ  ../index.html#52

このブックを見る