エルダー2019年11月号
39/68

エルダー37食べていた老人たちが箸を止めて、たちまちあちこちで手をあげた。水源には、城のはずれにある南湖という沼が適当だし、労働力は城下町に失業した若者や壮年者がたくさんいる、と告げた。さらに、「新田の水源になる南湖を、公園にしてくだされば城下町の農庶民たちが、憩いの場として使えます」という。さらに、「春夏秋冬に花を咲かせる植物を植えてくだされば、一年中藩民が楽しめます」ともいった。定信は考え込んだ。脇に居た遠州を見た。遠州はニコニコ笑っている。しかし目は、「いかがですか? 私のいった通りでしょう」と、得意気に鼻をうごめかしていた。定信は家臣に老人たちの意見をまとめて計画にさせた。そして実現した。新田開発によって、米の収穫が増え、農民も豊かになり、藩の財政もかなり楽になった。そして、灌漑用水の水源になった南湖は公園になり、藩民の憩いの場として喜ばれた。失業者も、関係工事に動員されて賃金を得、いわゆる雇用の創出も行われた。水源の南湖は現在も健在で福島県立公園になっている。江戸時代に、はじめて民のために設けられた公立公園第一号だ。そして月に一回開く「年寄りの会」は、現在の「敬老の日」の先取りをしたものともいえる。遠州は大満足だった。隠居の定信も、そんな遠州につくづくと温かいものを感じ、「おまえが居てくれるおかげで、わしも善い政治が行える」といった。遠州は、「それはその通りですよ。これからも、大いに気張りますからね」と、皺だらけの腕を自慢そうに叩いた。白河藩で大いに老人のための政策を行ってください」といった。定信は眉を寄せて、「一体何をさせる気だ?」と訊く。遠州はニコリとして、「まず、毎月〝年寄りの会〞をお開きください。70歳以上の老人を全員城の広間に呼んで、ご馳走をするのです」「そんなことをして何の役に立つ?」「いま、この白河藩ではあまり年寄りの意見を首脳部が聞きません。いけないことです。年寄りは伊だ達てに皺しわを寄せているわけではなく、皺と皺の間には経験という大切な宝石が挟まれています。これを大いに活用しましょう」「なに?」定信は訊き返したが、しかし遠州の言葉には胸に残るものがあった。〝皺と皺の間には経験という宝石が挟まれている〞、という言葉が気に入ったのである。そこで、遠州のいう〝年寄りの会〞を開いた。年寄りたちは、殿さまがご馳走をしてくださるというので喜んで城にやって来た。遠州のいった通りだった。年寄りたちは単にお酒を飲んでご馳走を食べるだけが目的ではなかった。日ごろから藩政について考えている意見を次々と出した。ある農民がお米の増ぞう反たん※2を提言した。お米を沢山つくれば、農民も生活が楽になるが、同時にお城の方も年貢の額が上がるので財政が豊かになるという意見だ。定信が、「増反のためには新田の開発が必要だが、それには灌かん漑がい用水のための水源も必要だ。第一そういう工事に従事してくれる労働力が沢山要いる」と告げた。酒を飲み、ご馳走をいまに残る老人の知恵※2 増反……田畑の作付面積を増やすこと

元のページ  ../index.html#39

このブックを見る