エルダー2019年11月号
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水またはお茶をかけたほか、「あんたはバカなんだから」、「あんたは実力がない」、「あんたなんかいなくたっていい」などに類する発言をした行為に対する降格処分の有効性が争われたところ、当事者の人間関係について、「業務と無関係な私的時間と考えられる場面を含めて原告らと常時行動を共にするなど、少なくとも外見的には原告らと良好な人間関係を保っていた」ことから、「深刻な被害感情を抱いていることにまで思いが至らなかったとしてもやむを得ない面がある」ため、被害感情が必ずしも大きいとは評価できなかったことと相まって、処分量定上十分に斟しん酌しゃくする必要があるとされ、降格処分は重きにすぎるとして無効と判断されました。なお、加害者の行為自体がパワハラに該当しないという判断ではないことには留意する必要があります。また、一方で周囲との人間関係の醸成が十分ではない新入社員に対して、「何でできないんだ」、「何度も同じことをいわせるな」、「そんなこともわからないのか」、「俺のいっていることがわからないのか」、「なぜ手順通りにやらないんだ」など周囲にほかの従業員らがいるかいないかにかかわらず、5分ないし10分程度、大声かつ強い口調で叱責していた行為などについて、「社会経験、就労経験が十分でなく、大学を卒業したばかりの新入社員であり、上司からの叱責に不慣れであった」者に対し、「一方的に威圧感や恐怖心、屈辱感、不安感を与えるものであったというべき」として、悪質性の高い行為として評価されています。業務上の必要性について3違法なパワーハラスメントになるか否かについては、業務上の必要性の程度も考慮されます。例えば、静岡地裁平成26年7月9日判決では、「指示や叱責等は、原告が主張するようにそれが行き過ぎる場合があったとしても、主として、発足したばかりのデイサービスの経営を軌道に乗せ、安定的な経営体制を構築しようという意図に出たものと推認される」などとして、違法とは評価しなかった事例もあります。また、医療機関における厳しい指導や指摘に関して、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることや、それによる損害が非常に重大となりうることをふまえて、「単純ミスを繰り返す原告に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺うかがわれるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであり、到底違法ということはできない」と判断している例もあります。今回の法制化によっても、業務上の「必要性」と「相当性」という要件が定められていますが、この二つの要件は相関関係にあり、必要性が高度である場合は、許容される指導や叱責の範囲も広くなるという傾向は、今後も変わりないと考えられます。パワハラ防止義務について4今回の労働施策総合推進法において、パワハラ防止の義務が明記されましたが、過去の裁判例においても同様の義務を設定している裁判例もあります。例えば、東京高裁平成29年10月26日判決においては、「安全配慮義務のひとつである職場環境調整義務として、良好な職場環境を保持するため、職場におけるパワハラ」を防止する義務を負い、「パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負う」として、法制化の前から使用者の義務としてパワハラの防止義務を根拠に、労働者に対する損害賠償責任を肯定した事例もあります。事案に応じた判断は必要ですが、今回の法律と比較すると、適切な措置の内容として指導、配置換え等などの具体例も示されている点は参考になると考えられます。エルダー51知っておきたい労働法A&Q

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