エルダー2020年3月号
4/68

2020.32公立諏訪東京理科大学 工学部 情報応用工学科 教授 医療介護健康工学部門長篠原菊紀さんせん。しかも、これらの能力のピークはあくまで平均値にすぎませんし、鍛えれば伸びるのです。 人間の脳には、計算力や暗記力、思考力など、経験とは無関係な「流動性知能」と、知識や経験などの蓄積により、累積的に伸びていく「結晶性知能」の二つの機能があります。いわゆる「知能テスト」は、この二つのうち、「流動性知能」を調べるためのものですが、実は、知能テストをくり返すと成績が向上することがわかっています。知能テストの経験が累積され、結晶性知能が働くからです。 一方で、結晶性知能の代表ともいえるのが「語ご彙い力」ですが、「頭ではわかっているのに、言葉が出てこない」といったことがあります。これには、知識を引き出すための「流動性知能」の衰えが影響しています。 つまり、「加齢により脳の力が衰える」、というのは間違いで、「衰える部分もあれば、伸びる部分もある」、というのが正しい答え―脳はさまざまな機能を持っています。加齢によって、脳の機能はどのように変化するのでしょうか。篠原 人間の脳は年齢とともに衰える一方だと考えがちですが、そうではありません。脳が持つ機能はたくさんあります。研究報告※によると、「情報処理能力」と「記憶力」のピークは18歳前後、名前を記憶する力はそれより少し遅く22〜23歳がピークとなり、その後落ちていきます。 一方、「集中力」は若い人が優れていると思われがちですが、そのピークは43歳です。また、顔の微妙な表情からその人の感情を読みとる「感情認知能力」のピークは48歳。「基本的な計算能力」は50歳。「新しい情報を学び、理解する能力」のピークも50歳です。これは仕事のなかでつちかった知識や経験を、異なる業種・仕事でも活かす力です。さらに「語彙力」のピークは67歳で、これも年齢とともに蓄積されるので若い人に劣ることはありまです。 人間の脳は知恵、知識、経験を溜め込んでいく「メモリー・マシン」です。記録された情報が増えるほど性能が向上し、結晶性知能は基本的に増加します。同じ仕事を長く続けていれば性能が落ちるわけがありません。実際に90歳、100歳になっても能力を高く保っている人もいます。近年では、90歳を過ぎてからでも、脳細胞が新たに生まれてくるという研究結果も出ています。 とはいえ、記憶力のような流動性知能は落ちていきます。だからこそ、流動性知能の一種のワーキングメモリー(脳の記憶力)を鍛えるトレーニングをすることが大切なのです。―認知症予防も含めて、ワーキングメモリーを維持するにはどんな訓練や生活習慣が望ましいのでしょうか。篠原 認知機能低下や認知症予防については、WHO(世界保健機関)が2010(平成22)年にガイドラインを出しており、2019(令和元)年にはその最新版が出ています。それによると、若いときから続けるべきと強く推奨されているのが「運動」と「禁煙」。条件つきで推奨されているのが認知トレーニング、いわゆる「脳トレ」です。そのほか健加齢により低下する「流動性知能」と加齢により伸びる「結晶性知能」※ 認知科学研究者のジョシュア・ハーツホーン(マサチューセッツ工科大学)らの研究より

元のページ  ../index.html#4

このブックを見る