エルダー2020年4月号
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エルダー45の発症リスクを把握するための検査です。主要な疾患の早期発見や予防策としては重要ですが、ある人の総合的な健康度を示すことはできないのです。健康度を可視化するための取組みそこで筆者らの研究チームでは、健康度を可視化して表現する技術の開発に取り組みました。筆者オリジナルのコンセプトで、「健康関数」といいます。漠然としている健康度を、「健康」〜「未病」〜「疾病」などの切れ目のない段階によって、連続して示すことを目ざしています。実は、健康関数は、この連載で紹介してきた、筆者らの疲労に関する研究に端を発しています。疲労が蓄積し、そのシグナルを受け取ることで私たちは身体の調子が悪いことを知るというメカニズムを、健康度の指標に活用しようと考えました。筆者らの研究チームでは、1000人を対象に242項目にわたる健康計測を実施しました。242項目の検査データは、最終的に76項目に絞り込み、そのデータセットをもとに、X・Y軸上に健康度をプロットする「総合的健康度ポジショニングマップ」を作成しました(図表)。これらの一連のプロセスを数式化したのが、健康関数といわれるものです。健康度を知ることの意義それぞれの人に合った健康維持や予防対策を行うためには、まず健康度を知る必要があります。同じ年齢で同じような生活を送っている人たちのなかで、自分の健康度がどの位置にあるのか、科学的な根拠を示すための指標が必要だと考えられます。「総合的健康度ポジショニングマップ」は、そのための指標になります。自分の健康度がマップ上でわかると、健康のために何かやるべきことがあるのかというのが次のステップになります。実際、健康関数の研究・調査を行ってきて、およそ25%の人において健康が損なわれるリスクが高いことがわかりました。病気の発症を未然に防ぐためには、医療の側面からは、こうした人たちには精密検査により、早期の医療的な介入を受けることが有効と考えられます。それ以外の人たちには定期的な運動や毎日の食事の改善、サプリメントの活用などのような行動を起こさせるために個別にアドバイスを行うことも課題になります。また、健康情報の取扱いには十分留意する必要がありますが、将来的には企業の人事労務担当者にも働く人の健康度を共有していただき、従業員の健康の保持増進に活用していただくことができるかもしれません。 健康度ポジショニングマップ作成時の課題としては、当初は242項目を計測したため1人4時間程度の検査時間を要しました。頻ひん繁ぱんに健康度を知って、行動変容につなげていくためには、より簡単に計測できるようにして、検査コストも抑えていく必要があります。そこで、項目を絞り込んで、現在では、1時間程度で検査できるようになりました。この研究には、成果を研究レベルにとどめることなく、多くの人の健康の保持増進につなげてもらうために、新たなヘルスケアサービスを開発しようとする、数多くの企業にも参画してもらいました。研究プログラムは2020年3月で終了しましたが、ヘルスケア産業にかかわる多くの企業が、筆者らが提唱する健康関数を活用して新たなサービス開発に取り組んでいくことを期待したいと思います。わたなべ・やすよし京都大学大学院医学研究科博士課程修了、大阪医科大学医学部・講師、大阪バイオサイエンス研究所・研究部長、大阪市立大学大学院医学研究科・教授、理化学研究所分子イメージング科学研究センター・センター長、理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター・センター長、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター所長等を歴任し、現在は、理化学研究所健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラム・プログラムディレクター、理化学研究所生命機能科学研究センター・チームリーダー、大阪市立大学健康科学イノベーションセンター・顧問を兼任。日本疲労学会・理事長。

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