エルダー2020年6月号
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特集定年退職後の多様なキャリアを考えるエルダー23わシニア起業家ビジネスプラングランプリ」、「東京シニアビジネスグランプリ」といったコンテストに応募して支援を得ることに挑戦するのもおすすめだという。一方で、社内に起業を志すシニア社員がいる場合、企業としてできる支援にはどのようなものがあるのか。「再雇用で勤務を続けながら、将来のために副業的に起業する方が社内にいらっしゃる場合、どんな副業をされているかを把握し、応援したり、見守ったりするスタンスを決めておくと、会社も働く方も安心できると思います。副業の内容によっては、再雇用から外注先として切り替えるということも考えられるでしょうし、社員ではなく業務委託となっていまの仕事を続けたいと考えているシニアもいると思います」と片桐氏は語る。定年後の社員のあり方として、今後は副業との両立や起業を応援して業務委託先としてつきあっていく選択肢も頭に入れておきたい。銀座セカンドライフは現在、東京都、神奈川県、埼玉県を対象として起業支援を展開している。片桐氏は「今後は関西方面などにも支援を拡大していきたい」と考えている。小さな投資でやりがいのある仕事を始める「ゆる起業」を実現するシニアはさらに増えていくだろう。加瀬滋さん(71歳)は、2008年11月、「IPOテクノ株式会社」を立ち上げた。ソフトウエア開発やITコンサルテーションなどを手がける会社で、社名の由来を「前職でたずさわった、外資系企業の国際調達拠点(International Procurement Office)の業務が楽しかったことからIPOとつけました。グローバルな会社にしたいとの思いも込めています」と話す。加瀬さんの起業のきっかけは、定年退職後、現役時代からつきあっていた会社や友人らから仕事を頼まれ、手伝っているうちに「個人事業主では依頼しにくい」といわれ、会社設立に至ったという、気負いのないものだった。その後、システムエンジニア(SE)を紹介してほしいと頼まれて、以前につき合いのあった会社に連絡して紹介したり、反対に、SEに仕事を紹介することを頼まれたりして、「いわゆる営業支援です。1人社長、1人社員の状態でそんなことをしていました」と起業当初をふり返る。先行きがわからなかったことから、自宅と喫茶店を仕事場にして固定費を最小限に抑えていた。「売上げがなくても支出がなければ会社は潰れない、という私なりの理論です」という。その後、仕事に応じて報酬を支払う形でSEを有期雇用の社員として迎え、設立から3年ほどすると仕事が回るようになり、さらに人員を補充。同社は「人(人財の技術)を活かす」をモットーに、シニアのSEや子育てをしている女性など多様な人に仕事を提供できる会社を目ざして、人との出会いを通じて事業の幅を広げている。加瀬さんの人柄が会社に表れているのか、次第に人が集まる会社となり、現在はソフトウェア開発・保守事業をはじめ、新人研修などの教育事業、商品販売や人材交流などの海外事業などを展開。2018年度の売上高は約9100万円となった。海外事業では3人のベトナム人の社員が翻訳・通訳業務、化粧品の輸出業務、ブリッジエンジニア※3の卵として活躍し出会いを楽しみ、人材を活かして仕事をつくるIPOテクノ株式会社(東京都羽は村むら市) 加瀬滋さんは、2008年、60歳のときに起業しIPOテクノ株式会社を設立。以来、銀座セカンドライフの支援を受けながら、順調に業績を伸ばしてきた。シニア起業の経緯と、起業してからの活躍について、お話をうかがった。ニシア起業例※3 ブリッジエンジニア……日本企業と海外企業の間に立ち、橋渡しの役割をになうシステムエンジニア

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