エルダー2020年7月号
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特集スポーツと健康と高齢者エルダー23ちらでクルマをつくっていると聞けばそこに行って手伝い、こちらでつくっていると聞けば今度はそこへ行って手伝いと、経験を積みながら技術を磨いてきました」と由良さんは振り返る。5年ほど経った1975(昭和50)年、23歳のときに、サーキット場のある静岡県小お山やま町にムーンクラフト株式会社を設立(現在は御ご殿てん場ば市に移転)。以来、数々の名車を設計・開発し、名声を築いてきた。コーチの熱意に負け、採算度外視で競技用カヤックの製作を請け負うそんな世界的な巨匠が、いま、新たな挑戦をしている。東京五輪カヌースラローム男子カヤックシングル日本代表に内定した、足立和也選手の乗るカヤック(カヌー)の製作だ。きっかけは、2016(平成28)年、足立選手と二人三脚でオリンピック出場を目ざしていた市いち場ば大だい樹きコーチからの依頼。2人は、既製品のカヤックに限界を感じ、海外の一流選手のように自分に合ったオーダーメイドの艇ていに乗りたいと考えた。カヤックは、長い年月のなかで淘汰されて現在の形になっており、公式競技では艇の長さ、幅、重さの規定もあるため、どの艇も見た目は変わらない。しかし、ほんの少しの重さや膨らみの違いで、操作性や水流への抵抗に差が出る。選手の好みをつくり手に細かく伝えるためにはやはり国内で製産されるのがよいが、日本には競技用カヤックをつくるメーカーがない。そこで、市場コーチは由良さんを頼った。実は市場さんは、モータースポーツが好きで、以前から由良さんの名前を知っていた。競技用カヤックは、レーシングカーと同じカーボンファイバー(炭素繊維)製なので、「ムーンクラフトなら」と、藁わらにもすがる思いで連絡してきたのだ。とはいえ、共通項は素材だけ。由良さんたちにカヤックづくりのノウハウはない。また、一からつくるには費用もかさむ。そのため、一度は依頼を断ったが、その後も市場さんとのやり取りは続き、2018年の暮れ、「お金ができました!」とあらためて依頼された。とても足りる金額ではなかったが、市場さんの情熱にほだされ、採算度外視で引き受けたという。由良さんの艇を使った足立選手が東京五輪代表に内定!カヤックづくりは、由良さんをもってしても一筋縄ではいかなかった。「同じカーボンファイバーなので、似たようなものと思っていましたが、どういう構造でどこに強度を持たせればよいかもわからない。また、足立選手がそれまで使っていた艇のコピーでは、われわれがつくる意味がない」と、由良さんたちは悩んだ。カヤックの本場である東欧製の艇を参考にしながら、2019年3月になんとか1号艇を完成させたが、足立選手に満足してもらうことはできず、「申し訳ありませんが、これでは使えません」といわれたという。「このままでは、オリンピックを目ざす選手の足を引っ張ってしまう」と感じた由良さんたちは、すぐに2号艇の製作を開始、たった2週間で新たな艇をつくり上げた。レーシングカーと同じ製法を取り入れたというその艇は、重量ムーンクラフト製のカヤックを操る足立選手(写真提供:ムーンクラフト株式会社)

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