エルダー2020年7月号
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2020.724が軽いにもかかわらず張り(剛ごう性せい)があり、波の向きや勢いを敏感に感じ取れ、操作性がよいものだった。この艇に乗った足立選手は、山口県で行われた選手権でぶっちぎりで優勝した。「そこまでいったら、オリンピックを目ざすしかないじゃないですか。足立選手からは、やればやるほど、『もっとこうしてほしい』と要望が出てきます。私たちも、つくるたびに技術が上がっていく。アスリートのすごさを実感したのですが、足立選手はミリ単位で変えたところにも気づいて評価してくれるんです。だから、こちらもやりがいがあります」と、由良さんは意欲を見せる。むずかしい要望にも期待以上にこたえようとする由良さんたちの存在は、足立選手にもよい刺激になっている。足立選手は、その年の10月、オリンピック代表の最終選考会を兼ねたNHK杯でライバルのポイント成績を逆転。見事、日本代表の座をつかみ取った。一生懸命努力するのではなく、好きなことを楽しみ夢中になろう「私がここまで夢中になれたのは、カヤックが全然科学されていないから。ノウハウもないので、つくっては試しをくり返すメイク&トライの連続です。これは、私が10代のころからやってきたこととまったく同じ。ものづくりは情熱がすべてです」と由良さんはいう。若いころから業界の第一線で活躍してきた由良さんだが、「空気が見える」といわれるほどの才能は、生まれ持ったものではないという。「10代のころから人一倍経験を積んできたことで、若くしてベテランに近づくことができました。日本のカーレースの世界はまだ黎明期で、何が正しいかわからない時代でしたので、海外の本などを見て『こうするとかっこいいね』などといいながら、見よう見まねでつくっていました。箸にも棒にもかからない失敗作もたくさんありますが、そうした経験によって、どうすればよいかがだんだんとわかるようになりました。一番大事なのは、好きであることだと思います。私は、努力はしていないんです。好きなことに夢中になっただけ。『努力』という言葉にはつらい思いをしてがんばるイメージがありますが、好きなことに夢中になると時間を忘れます。若いころは、クルマをつくっていて気がついたら朝だったということがよくありました。楽しくて仕方がなかったです」と由良さんはいう。いまのレーシングカー製作は、由良さんの若手時代とは違い、実験設備や強度計算などの技術が進歩し、走る前に大体の性能が予測できるようになった。だが、カヤックは違う。しかも、レーシングカーのように常に前を向いて進むのではなく、激流のなかで360度向きが変わり、垂直に立ったりもする。奥が深く、何度も試しながらつくらなければならないが、だからこそ由良さんを夢中にさせる。「やっていてとても楽しいですよ。楽しいから、お金を度外視してつき合ってしまったんですね」と由良さんは笑う。いくつになっても仕事を楽しみ、夢中になって取り組む由良さんは、自分が楽しむだけでなく、若手を育てるうえでも、本人がいかに打ち込めるか、どれだけ好きになれるかに気を配っている。「一生懸命努力するのではなく、楽しむこと。楽しんで夢中になれば、技術は自ずとついてきます」と考えているからだ。由良さんが代表を務めるムーンクラフトでは、日曜日も従業員に会社を開放している。何をしているかというと、カーボンファイバーで楽器をつくったり、自分のクルマの部品をつくったりしているのだ。それを認めるのは、自分と同じように、ものづくりの楽しさを知ってほしいから。「私がそうしているので、ダメとはいえません(笑)。これからも、体が動くかぎり、ものづくりを続けられるといいなと思っています」という由良さん。これからの足立選手の活躍、そして、由良さんの次なる挑戦が楽しみだ。

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