エルダー2020年9月号
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ぞむやし多少はありますが、より大切なのは、「いままで自分が身につけてきたもの、蓄えてきたものを人生の後半で少しずつ処分していこう」ということです。この「減蓄」という言葉は「リンボウ先生」としてよく知られている作家・国文学者である林は望の氏の著書のなかに出てきた言葉です。さらにいえば、処分するというのは“捨てる”ということよりもむしろ、自分の手を離れて、世の中に広く公開し、共有してもらう、そしてそれを後進に引き継ぐという意味合いが強いように思います。つまり、いつまでも自分のものとして手元に置いておくのではなく、広く世の中の役に立ってもらえるよう、若い世代にも引き継いでもらうということです。前述の林氏の場合、職業柄膨大な書物や貴重な資料を持っているわけですが、それらのなかにはとても価値の高いものもあります。彼の主張はそれらをいつまでも自分の手元に囲い込んでおくのではなく、若い世代の研究者などで有効に活用してくれる人にはどんどん譲っていけばいいということです。それが「減蓄」なのです。私はお金とか物といった形あるものだけではなく、経験やノウハウといった目に見えない知見も減蓄する対象のなかに含まれると思っています。つまり、それまでに自分がつちかった仕事上での経験やノウハウをどんどん若い人たちに移転していけばよいのです。ところが、なかには自分の持っているノウハウや知見を大事に抱え込んで部下や後輩に渡さないという人もいます。これは人に教えないことで業務をブラックボックス化し、自分の存在感をアピールしようとするからだと思います。でもこれは実に馬鹿げた話です。かつて80年代のバブル期にゴッホやルノアールの絵を買った某大企業のオーナー経営者が「自分が死んだら、これらの絵を棺桶に入れて一緒に焼いてくれ」と発言して物議を醸したことがありました。自分が持っている「知見」を減蓄によって後進に譲らないというのはまさにこれと同じことなのです。サラリーマンにはいずれ定年がやってくるわけですから、それを迎える前に、経験やノウハウを引き継がないのであれば、まさに棺桶に名画を入れるのと同じことになってしまいます。それに、そういうノウハウはいまの会社で仕事をしていてこそ役に立つものですから、いくら大事に抱え込んでいても会社を辞めたらそんなものは何の役にも立ちません。でもそれを後輩に伝えることで、それは永遠に残ることになります。ということにもっと関心を持つべきではないでしょうか。いまでは60歳以降も定年延長や再雇用で多くの企業では65歳まで働くことができるようになっています。しかしながら、実際に再雇用で働いている人たちに取材をしてみると、仕事に対する権限と責任が曖昧になってしまっているケースも多く、そんな場合には、なかなか前向きに仕事ができていないという状況のようです。会社はもう少し積極的に高齢社員が自分の持っているノウハウの後輩への移転=「減蓄」ができるよう、そのための業務体制の構築や支援をしてもよいのではないでしょうか。いる無形資産にもこだわらないというお話をしてきましたが、もう一つ、私が60歳以降に心がけるべきだと思い、いまでもずっと実行していることがあります。それは「貯金」よりも「貯人」に勤いしむべし、ということです。この意味は「お金を貯めることよりも人とのつながりを大切にしなさい」ということです。「いや、やっぱりお金を貯めることの方が大事ではないか」企業もむしろこうした知見やノウハウの移転お金にとらわれない、さらには自分の持って財産はモノだけではない「貯金」よりも「貯人」25そ

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