エルダー2020年9月号
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山■ある。現職ではやりにくい。が、を勤めた」「お疲れでございますな」「疲れたがそんなことはいっていられない。やり残したことが沢■隠居ならやれる」「しかしご隠居後の大名は、江戸に住むのが幕府の定■法■でございますが」「そこを何とかしてこい。高鍋に住めるようにしろ。そのくらいのことは江戸家老ならできるだろう」普段温和な種政が最後になって駄々をコネた。しかし重役は種政を尊敬していたので懸命に努力して要路に働きかけ、許可をもらった。高鍋で隠居を認められた種政は、城を出て〝上■江■のお茶屋〟と呼ばれている別荘に住んだ。高鍋藩の藩士たちが秘密の会議を行ってきた建物だ。そのことを重役が話すと種政は「会議は城で行え。公務に秘密はない。襖■も取り払って、城中に話が聞こえるようにしろ」重役は胸のなかで(現職時代はご自分だって茶屋で秘密会議をなさっていた癖に)と思ったが、そんなことを口に出せば「だから隠居したのだ」といわれるに決まっている。そして重役も種政の考えに賛成だった。種政は茶屋を農民や町人たちとの、茶飲み話の集会所にした。話に出た要望や不平不満は公正に後を継いだ息子の種弘に話した。しかし種政は自分なりの原則を持っていた。「タダはよくない。ためにならない。金も与えるのはよくない。貸してやれ」と口癖のようにいった。そのためか「茶屋のご隠居が金貸しを始めた」といううわさが流れた。ビックリした種弘が真偽をたしかめに行った。種政は平然と「ああ、やっているよ。だが、ただ金を貸しているのではない。その借金が聖■賢■■※の教えにかなっているのかどうかを、キチンとたしかめてから貸しているのだ」「借金が聖賢の教えにかなうとは?」「貸す側の〝怒〟や〝譲〟の気持ちをゆるがすかどうかだ。金を必要とする理由が、だ」「どのような理由なら、父上の怒と譲のお気持ちをゆるがせますか」「自分のぜいたくのためでなく、困っている他人のためであること。それは仁であり義でもあるからだ。そういう人間は必ず約束を守って借りた金は返す。即■ち信だ」「利子はお取りにならない、と聞きましたが」「ああ、取らない。しかし敢■えて置いていく奴もいる」「そのときは?」「もらっておく。人の行為を無にするのは義に反する」「なるほど」種弘は知っていた。種政の温かい扱いに、それを受けた藩民は種政に礼をいう。そのたびに種政はこう応ずる。「すべて御当代(現藩主)のおかげだ。わしがこんな暮らしができるのも、御当代の政が行き届いているからだ。親孝行な息子を持ってわしは本当に幸せだ。そう思うだろう? 種弘はこのことを聞いてフッと思った。(父は金を貸すために隠居したのではなく、息子をホメるために現職から退いたのではないか)と。日向の陽光はいつも温かかった。※ 聖賢……知識・人格にすぐれた人物ハッハッハ」■■■■■■■■■■■■■■■■早期隠居の理由エルダー35

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