エルダー2020年11月号
31/68

エルダー29それは、容いれ物と蓋がまったく合わぬな?」「その通りでございます。四角い容器に丸い蓋をすれば、四隅がそのまま見えます」「わしもそう思う。それで、幽斎殿のご意図は?」「さればでございます。父が申しますのには、何ごとも政事は、ピタっと容れ物と蓋が合うような堅ぐるしいことをしてはならない。隙を見せなければならぬ。それには、四角い容器に丸い蓋をする心がけが一番よい、と申しておりました」「なるほど、これはよいことを学んだ。忠興殿」「はい」「これからも、この会においでいただいて、幽斎殿の話をしばしばしていただきたい。この秀忠、今日は非常に勉強になった」秀忠は、自分が設けた「名二代目の会」が、初回から意図通りに行われたことを喜んだ。この日、秀忠は最後に忠興にこういった。「忠興殿」「はい」「貴殿は、本日この会ですべて私の問いかけに対するお答えを、父幽斎が申しておりましたがといわれたが、そうではあるまい」「と申しますと?」不審な顔で眉を寄せた忠興に、秀忠は笑いながらこういった。「父幽斎が申したというのは嘘で、総て貴殿自身のお考えであろう? 如いかが何かな」「はっはっはっは」忠興は突然大声で笑い出した。そして、手を着いた。「恐れながら、お見通しのほどこの細川忠興恐れ入りましてございます。御当代(秀忠)様は、誠の名君であらせられます」と褒め上げた。します」と神妙に答えた。秀忠は頷うなずき、「最初におうかがいするが、今後人を導く立場に立つ者は、どのような心がけが必要とお思いか」と訊いた。忠興は、「父幽斎が申しますのには、上様のただいまのおたずねに適するような人物は、〝明石の浦の牡蠣殻のようになれ〞と教えられました」「ほう、明石の浦の牡蠣殻に?幽斎殿のご意図はどの辺にあるのかな」「さればでございます。明石の浦は一見穏やかに見えますが、実は大たい変へんに荒海でございます。したがってその波に洗われる岩にしがみついている牡蠣は、緊張のし続二代目細川忠興の名答けでございます。しかし、波が表面の殻のとがった部分をいつの間にか削り落としてしまいますので、表面がすべすべになり、穏やかな貝殻のように見えます。が、牡蠣は大切な中身をしっかりと抱き、これを守り通しております。父の申すのはおそらく、外柔内剛※の意味かと存じます。私も、到底父にはおよびませんが、そのように在りたいと、日々願っております」「忠興殿がそのようなご謙遜を。もう一つおたずねしたい」「はい」「天下の政まつりごとを行うには、どのような心構えが必要か、幽斎殿がお話になったことがおありか」「ございました。父が申しますのには、〝天下を治めるには、四角い容器に、丸い蓋ふたをする心がけがよろしい〞と、こう申しておりました」「ほう、四角い容器に丸い蓋を?※ 外柔内剛……外見は穏やかで優しそうだが、心の中は何事にも左右されない強い意志をもっていること

元のページ  ../index.html#31

このブックを見る