エルダー2020年12月号
42/68

2020.1240はじめに今月から「高齢社員の心理学」について執筆することになりました。「心理学」と聞くと心理カウンセリングを想像する人も多いと思いますが、私の専門は、人の記憶、注意、感情、意思決定といった情報処理の仕組みを、心理実験や脳イメージング計測、遺伝子解析といった方法を組み合わせて解明する認知心理学です。これまでに高齢者を対象とした研究を20年行ってきました。この記事では、研究から得られた知見に基づいて、加齢にともない心理機能がどのように変化するのか、またそのような老いにともなう変化にどのように対応できるのか、といった点について、解説していきます。第1回目のテーマは、「老いに対して正しい知識を持つことの大切さ」についてです。日本は世界で最も高齢化が進んだ超高齢社会です。そのため老いに関する情報についてのニーズは高く、身体機能、認知機能の低下やその予防、改善についてのさまざまな情報が溢あふれています。ですが、それらの情報は必ずしも正しいわけではありません。そのため、私たちがあたり前だと思っている老いに対する前提が誤っていることもあります。年齢を理由にした根拠のない思い込みや偏見「エイジズム」「高齢者は全体的に能力が衰えているに違いない」、「高齢者に新しいことなんて身につけられるはずがない」と思っていませんか? 例えば、70歳を超えてプログラミングを勉強し、ゲームのアプリケーションを作成した高齢者がいます。ルービックキューブのすべての面を記憶し、目隠しで完成させる「目隠しルービックキューブ」を70代半ばから始め、80歳を超えても完成させられる高齢者もいます。歳をとってからでも新しいことにチャレンジし、達成する人がいるのですから、「年齢を理由に新しいことができない」と考えるのは誤りです。このような「もう歳だから〇〇できない」、「もう歳なのに〇〇するなんて」といった、年齢を理由にした根拠のない思い込みや偏見は、「エイジズム」と呼ばれています。老いに対する否定的な考えがさまざまな機能に悪影響を及ぼす偏見や差別は他者に対して抱くものと思われがちですが、エイジズムはそうではありません。いまは若くても、生き続ければ例外なく私たちは歳をとり、いずれは高齢者になります。その 高年齢者雇用安定法の改正により就業期間の延伸が見込まれるなかで、高齢者が活き活きと働ける環境を整えていくためには、これまで以上に高齢者に対する理解を深めることが欠かせません。そこで本稿では、高齢者の内面、〝こころ〞に焦点を当て、その変化や特性を解説します(編集部)。心理学高齢社員の第1回「老いること」に対する偏見が高齢社員の活躍を妨げる―加齢で〝こころ〞はどう変わるのか―新連載増本 康平神戸大学大学院人間発達環境学研究科 准教授 

元のページ  ../index.html#42

このブックを見る