エルダー2021年1月号
31/68

特集高齢期まで元気に働くための「治療と仕事の両立支援」エルダー29と相談に来たので、根岸社長は、「手袋をして運転したらどうか」、「帽子をかぶっては」などとアドバイスしたり、本人の希望を受けて「治療中のために帽子をかぶります」と書いたカードを車内に掲示したり、軟膏を塗るなどの処置ができるスペースを社内に設けたりと、さまざまな支援を行った。労働時間も、半日にしたり、日勤のみにしたり、朝の出勤時間を遅らせたりと柔軟に対応した。また、「病院に行ってきたら私に経過や病状を話してね」、「心配なことがあったら何でもいって」と伝えるとともに、根岸社長のほうからも「調子はどう?」などと声をかけ、定期・不定期に面談をした。その結果、亡くなる10日前まで仕事を続けることができたそうだ。もう1人は、治療と両立しながら働くようになって、以前よりむしろ成績が上がった事例だ。66歳のときに胃がんのステージⅣと診断されて入院し、「仕事を辞めたい」といってきた社員に、根岸社長は「いま判断しなくていい。まずは治療に専念して、仕事のことはもう少し経ってから一緒に考えよう」と答え、復帰をサポートした。再入院することになって「今回は無理だと思う」といってきたときも、同じように答え、復帰できる道を残した。その人はいまも治療を継続しながら働いているが、かつての売上げを上回る回復ぶりをみせ、成績は常に上位だという。係長に昇格し、後輩指導、事故処理、VIPの送迎業務なども熱心に行っている。その人の運転するタクシーはボンネットのなかまで、いつもピカピカに磨き上げられているそうだ。事業者による就労継続の保障や本人との対話が重要根岸社長は、企業、人事担当者、産業保健スタッフに求められることとして、以下の諸点をあげる。◦企業……両立支援の表明、事業者による就労継続保障◦人事担当者……社内制度の利用、社外制度・各種助成金などの活用◦産業保健スタッフ……対象者への直接的な支援、就労者と企業と医療機関との連携、職場のヘルスリテラシー※の向上なかでも重要なのが、事業者による就労継続の保障である。「大事な人材ですから、『会社からクビといわれるんじゃないか』というような余計な心配はしてほしくない。そのためには、事業者が『働き続けていいんだ』、『働いてほしいと思っている』と声をかけ続けることです。症状は変わっていきますので、『今度こそクビといわれるのでは……』と心配させないために、常に本人の意思確認と就労継続の保障をしていく必要があります」と根岸社長はいう。そんな根岸社長が日ごろから大事にしているのが、社員一人ひとりとの対話である。「がんに罹患した場合、人によっても時期によっても悩みや不安は異なります。ある程度治療が終わっても、日常生活に復帰してからが案外たいへんで、些さ細さいなことで『前は普通にできていたのに……』という生活のしづらさを感じます。また、ちょっと風邪をひいただけでも、『再発か』、『転移したか』とがんに結びつけて考えてしまいます。そして、通院が長く続きます。もちろん、がんの宣告を受けた際の不安も大きいですが、その後がたいへんなのです。入院中や治療中は身近に医療者がいますが、職場に戻ると、近くに日常の不安や困りごとを相談する専門家もいません。そこで大切なのが対話です。がん治療との両立支援では、いろいろと重要な意思決定をしなければならない局面が出てきます。普段から対話をしておかないと、その人の価値観やものの考え方、どうしたいと思っているかがつかめず、本人が最善の意思決定をするサポートができません。話す内容は、何でもいいと思います。普段から対話をしていると、本人も自分の思いを話しやすくなります」※ ヘルスリテラシー……健康や医療に関する情報を入手・理解し、活用する能力

元のページ  ../index.html#31

このブックを見る