エルダー2021年1月号
47/68

例外的に許容されるのは、公開の目的が専もっぱら公益目的であることに加えて、当該事実が真実であること、または真実であると判断するに足りる相当な理由があることが必要と考えられています。過去の事例で、懲戒解雇の結果および当該解雇に至る経緯などを公表したところ、対象の従業員から名誉棄損に基づく請求が行われた事件があります(泉屋東京店事件・東京地裁昭和52年12月19日判決)。その事件では、裁判所が「一般に、解雇、特に懲戒解雇の事実およびその理由が濫みだりに公表されることは、その公表の範囲が本件のごとく会社という私的集団社会内に限られるとしても、被解雇者の名誉、信用を著しく低下させる虞おそれがあるものである」としており、懲戒の公表による名誉棄損の可能性を示しました。さらに、「公表する側にとつて必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、かつ被解雇者の名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限られると解すべきである」と判断しています。この裁判例では、「真実であることを前提とした必要最小限度」という厳格な基準が用いられており、公表の範囲を決めるにあたっては参考にできると思われます。一方で、広島高裁平成13年5月23日の判決においては、降格処分を会社内で掲示した事例について、こちらでは、降格処分が真実であり、名誉を毀損する意図をもって行われたものではないこと、業務上必要な情報の共有であったことから名誉棄損とまでは認められておらず、公表自体が一律に禁止されるというわけではありません。公表の際の留意点について3懲戒処分の公表にあたっては、懲戒対象者の名誉棄損に該当しないように、留意する必要があります。このことは、就業規則などにしたがって公表する場合でも同様です。仮に、懲戒事由まで公表する場合には、当該懲戒の根拠となる事実が真実であることが必要と考えるべきでしょう。紹介した裁判例においては、いずれも事実が真実であることを前提としており、この点を欠く場合には名誉棄損に該当する可能性が高いといえます。次に、懲戒対象者や被害者を特定できる形で行うのか否かという点です。懲戒処分が原則として不名誉なことであることからすれば、業務上の必要性がないかぎりは、氏名などについては公開をするべきではないでしょう。降格などの人事とかかわるような事項については、業務上の必要性が認められやすいといえますが、それ以外の場合には氏名の公表まで認められる範囲は広くないと考えられます。これらの点に関して、人事院では、公務員に対する懲戒処分の公表指針を定めています。公表する際には、事案の概要、処分量定および処分年月日並びに所属、役職段階などの被処分者の属性に関する情報を、「個人が識別されない内容のものとすること」を基本として公表するものとしています。さらに、被害者またはその関係者のプライバシーなどの権利利益を侵害するおそれがある場合など、公表することが適当でないと認められる場合は、公表内容の一部または全部を公表しないことも差し支えないものとしています。人事院の公表指針は、被懲戒者の名誉や被害者がいる場合のプライバシーなどに配慮した内容となっており、懲戒処分を公開する場合の基本的な考え方が示されているといえ、参考になるでしょう。パワーハラスメントの事案では、加害者と被害者双方への配慮が必要となるほか、事案の内容から当事者が特定されやすいという場合もあり、氏名などを秘匿したとしても、懲戒事由を明記してしまうと個人が識別されない内容とはなりにくい場合があります。そのため、公表による抑止のみではなく、研修や教育の再徹底やトップメッセージを追加で公表するなど、そのほかの方法による再発防止を検討することも視野に入れるべきと考えられます。エルダー45知っておきたい労働法AA&&Q

元のページ  ../index.html#47

このブックを見る