エルダー2021年2月号
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負担割合について2実際の損害を生じさせたのが労働者であったとしても、使用者から全額の負担を求めることができるのでしょうか。代表的な判例となっているのが、最高裁昭和51年7月8日判決(茨城石炭商事事件)です。事案の概要としては、労働者が運転するタンクローリーが、前方注視不十分の過失により交通事故を起こし、会社が被害者に対して、休業補償としての示談金を支払い、自社のタンクローリーを修理する費用や休車期間中の損害を負担した、というものです。判決では、①事業の性格、規模、施設の状況、②被用者の業務の内容、③労働条件、④勤務態度、⑤加害行為の態様、⑥加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度、⑦その他諸般の事情を考慮要素とあげたうえで、使用者が、労働者へ求償できる範囲について「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」に限定するという判断をしています。使用者責任の背景にあるのは、会社は、すべてのリスクを回避できるわけではなく、そのなかで一定の危険を労働者に分担させていることから、終局的な責任は会社が負担すべきという考え(危険責任の原理)や、そのリスクを帯びた事業活動から会社が利益を確保していることからリスクの発生時には会社が負担すべき(報奨責任の原理)という考え方です。リスクの根源や利益の帰属するところが企業であることから、リスクが顕在化したときにだけ労働者へ全額負担させることが、損害の公平な分担に反するというわけです。しかしながら、労働者の過失がある場合には、それによってリスクが顕在化している部分もあるわけですから、一切の負担を否定するというのもまた行き過ぎた考えでしょう。判例の事件では、最終的には、結論としては、4分の1(25%)を労働者の負担にするべきであるという結論となっています。比較的多くの事件で、故意や重過失でないかぎり、労働者には4分の1程度かそれ以下といった負担割合となることが多くなっています。一方で、くり返されるミスに対しては、全額の賠償が認められた事件もあります。タクシー運転手の職務についている労働者が、度重なる交通事故を起こしていたことから、次回の事故については全額の賠償をする旨の誓約書を提出していた事例において、事故がくり返されていたことをふまえた誓約書が提出されていたことから、誓約書提出後に生じた事故について全額の負担を認めた裁判例などもあります(大阪地裁平成23年1月28日判決、国際興業大阪事件)。傾向としては、度重なるミスに対する責任を問う場合、行為自体に悪意がある場合、故意や重過失が認められる場合には、労働者が負担すべき割合が高くなる傾向があるといえるでしょう。労働者が先に賠償した場合について3最高裁令和2年2月25日判決では、会社が被害者へ賠償した金額を労働者へ支払いを求めたのではなく、労働者が先に被害者の遺族へ賠償した後に、会社へ求償した事件について、判断されています。事案としてはやはり交通事故であり、トラック運転中の交通事故で被害者は亡くなり、労働者がその遺族と和解して和解金を支払ったというものです。控訴審までは、労働者から会社へ請求することを権利として認めませんでしたが、最高裁は、労働者が先に弁済した場合であっても、「損害の公平な分担という見地から相当と認められる額」について、会社へ請求することを認めました。この判決の補足意見においても、会社側においては、保険制度を利用するか否かの選択肢があることや、それに対して保険制度を利用せずにいたことの負担を労働者へ転嫁することが妥当でないことなど、危険責任や報奨責任の考え方がいまもなお通用していることを示す内容も述べられており、使用者の責任エルダー41知っておきたい労働法AA&&Q

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