エルダー2021年2月号
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まず、①使用者の黙示の指示とは、いわゆる時間外労働を使用者が黙認し続けるような状況などが典型的です。指示に反する業務遂行に対して改善を求めて注意や指導などを行うことなく、残業を見逃しておくという場合には、黙示の指示があったものとして、労働時間として認められてしまうことにつながります。ノー残業デーを周知しつつも、残業している者がいる状況を黙認し、残業している事実自体を受け入れてしまっているような状態では、時間外労働であることは否定できないと考えられます。次に、②事実上の強制については、時間外労働を行ってでも業務を遂行しておかなければ、人事考課上の不利益や懲戒処分その他の制裁が行われる余地がある場合には、事実上の強制があるものとして、労働時間に該当することにもつながります。業務量が過剰であり、時間外に実施しておかなければ業務遂行に支障が出る、顧客との間で債務不履行が生じることが必定であるなどの状況も労働時間性を肯定する要素になりえます。これらの①や②の要素から時間外労働が認められた裁判例もあります。例えば、大阪地裁平成15年4月25日判決(医療法人徳洲会事件)においては、タイムカードの打刻以降に行った業務が、時間外労働となるか否かについて、レセプトの作成やそれに関連する業務が毎月10日を期限とされていたことなどから、遅滞させることが許されず、これらを処理することが当然容認されていたものとして、黙示の業務命令に基づく時間外労働であると評価されています。したがって、①や②の要素を排除しておくことが、ノー残業デーの徹底に取り組むにあたって重要といえます。残業の明示的な禁止について3過去の裁判例において、時間外労働における労働について、労働者側からは黙示の指示や事実上の強制が主張される一方で、使用者側から明示的に残業を禁止しており、労働時間と認めない旨反論した事件があります(東京高裁平成17年3月30日判決、神代学園ミューズ音楽院事件)。当該裁判例においては、「使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない」と述べたうえで、「残業を禁止する旨の業務命令を発し、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していた」ことなどをふまえて、明示的な残業禁止命令に反する時間外又は深夜にわたる業務については、労働時間と評価することができないと結論付けています。なお、労働者からは、残業しないで仕事をこなすことが不可能である旨主張されていましたが、役職者に引き継ぐことが命令されていることをふまえて、事実上の強制の要素についても否定しています。このような裁判例も参考にすると、ノー残業デーを明示的な「命令」として周知しておくことが重要です。ただ推奨しているだけの状態では、黙示の命令を上回る明示の命令としては位置づけることができないおそれがあります。ノー残業デーの周知や推奨によって実現が叶わない場合には、残業している労働者に対して、残業を禁止する旨注意したうえで、それでも改善しない場合には禁止を命じることが必要でしょう。また、事実上の強制の要素を排除するためには、残業をしている時間帯に行っている業務の内容を把握し、その必要性や重要性を吟味することが重要です。この裁判例でも残業禁止の命令自体が真意に基づくものではない、つまりは形式的なものであって、時間外労働であったことを否定するものではないと反論されており、形式的に命令を行うだけでは、残業禁止を徹底することが叶わない可能性があります。紹介した裁判例においては役職者が引き継ぐことで、役職者以外の残業をなくすようにしていますが、このような方法は、残業時間中に行っている業務を把握し、その必要性を吟味する方法としても評価できるでしょう。エルダー43知っておきたい労働法AA&&Q

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