エルダー2021年3月号
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人事評価という過程を経て行われることになります。人事評価の過程において、著しい不合理な評価によって判断された場合には、その人事権を濫用したものとして降格が無効になると考えられています。濫用となるか否か判断する際に重視される観点としては、「公正な評価」がなされることが必要という考え方がなされています。例えば、東京地裁平成16年3月31日判決においては、賃金の減額をともなう人事権の行使に関して、「労働契約の内容として、成果主義による基本給の降給が定められていても、使用者が恣意的に基本給の降給を決することが許されない」としたうえで、「降給が許容されるのは、就業規則等による労働契約に、降給が規定されているだけでなく、降給が決定される過程に合理性があること、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞く等の公正な手続が存することが必要」としています。ここで、注目されるべきは、評価の過程までを人事権濫用の判断要素として含めたうえで、その過程が従業員に告知されてその言い分を聞くなどの手続きを求めているという点です。人事権の行使に関しては、経営者の判断が尊重されるべきではありますが、評価の過程については説明をしておくべきでしょう。なお、同判決は「降給の仕組み自体に合理性と公正さが認められ、その仕組みに沿った降給の措置が採られた場合には、個々の従業員の評価の過程に、特に不合理ないし不公正な事情が認められないかぎり、当該降給の措置は、当該仕組みに沿って行われたものとして許容されると解するのが相当である」とも判断しており、企業の判断を尊重する姿勢も同時に示しています。実務上における問題点3人事評価に基づく人事権の行使にあたっては、その過程の記録が十分に残されていないことが多くあります。定量的な評価を行っている場合には、比較的記録として残りやすいため、証拠化することができます。一方で、人事評価は、どうしても定性的な評価もともなうものであり、一定期間における定性評価について、結果だけを記載しても印象論や主観的な評価と判断されるおそれが強いといえます。実際に、人事評価に基づく降格が有効と判断されている裁判例においては、主観的な評価に陥りがちな部分に関して、従業員へのフィードバックなどの記録が残っている場合などが比較的多くみられます。例えば、先述の東京地裁平成16年3月31日判決においても、目標管理制度が採用されており、目標設定が従業員との面談を通じて設定され、評価にあたっては自己評価も行い意見を述べる機会が与えられていることなどから、人事評価過程の透明性をふまえた判断がなされているように見受けられます。また、大阪地裁令和元年6月12日判決は、賃金減額をともなう降格の有効性が争われた事案ですが、各年度の重点業務を示したうえで、その結果を報告させる制度において、その内容をふまえた人事評価を行うことについては、基本的には合理性を認めています。これらの事案においては、従業員自身がいかなる要素に基づき評価されるのか認識し、その評価の説明を受けたうえで、自身からの意見を述べる機会が与えられていることが、重要な判断要素としてあげられていると考えられます。なお、大阪地裁令和元年6月12日判決では、人事評価の過程で業務改善を目的とした面談を行いつつ、その面談における指摘に対して、従業員が「すいません」、「これは私のミスなんですけども、そこまでやらなあかんという認識がありませんでした」など、具体的な発言が認定されています。これだけの具体的な発言を立証するためには、面談の記録を保存しておく必要があるでしょう。人事考課に基づく降格を行うにあたっては、人事考課の結果を立証するのみでは足りず、対象者にとって、降格に至る過程の透明性が確保されており、評価が低くなる理由を認識して、それを改善する機会があったことも判断要素としては重視される傾向にあると考えられます。エルダー41知っておきたい労働法AA&&Q

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