エルダー2021年3月号
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特別企画成立! 働き方改革関連法案エルダー43パラドクス」と呼ばれ、この矛盾が生じる理由を解明しようと、これまでに多くの研究が行われてきました。そして現在では、感情をコントロールする脳のネットワークは加齢の影響を受けにくいこと、加齢とともにネガティブな情報ではなく、ポジティブな情報を重視する情報処理にシフトすることが明らかになっています。そのため、若いときよりもストレスフルな状況に上手に対処することができ、幸福感が高くなると考えられているのです。では、感情機能は仕事においてどのようなメリットをもたらすのでしょうか?仕事のパフォーマンスと感情機能これまでの連載のなかで、高齢社員の認知機能と仕事のパフォーマンスの関係については、歳をとると情報処理のスピードは低下し、頭のなかの作業スペースも小さくなるため、新しい状況での迅速な判断が求められたり、複雑な推論が必要となったりする場合、仕事のパフォーマンスが下がることを説明しました。一方で、経験から得られる知識や技能に関する記憶は高齢になっても維持されるため、経験が重視される仕事に関しては、高齢社員でも仕事のパフォーマンスが低下しないことも紹介しました。このように、一人で行う作業のパフォーマンスは、こうした認知機能の状況によってある程度説明することができます。しかし、仕事の多くは一人でできるものではありません。部下や同僚、上司との良好な関係、顧客との信頼関係を築くことが必要となります。このような場合、素早く正確に情報を処理するための認知機能よりも、相手に共感したり、苦境にあっても感情的にならず冷静に対処することや、相手に自分の気持ちを伝えるための感情機能が必要となります。そのため、仕事のパフォーマンスに関する研究では、認知機能よりも感情機能の方が重視されることが多いのです。高齢社員の感情機能感情機能には、大きく分けると、感情の「知覚」、「理解」、「使用」、「管理」の四つがあります。「知覚」とは、声、表情などから他人の感情状態を把握する能力です。「理解」とは、感情についての知識や、感情やその変化がもつ意味を理解する能力をさします。「使用」とは、目標達成のために感情を利用することで、例えば、課題を達成するために気持ちを焦らせる、などがあります。「管理」は動揺しているときに、自分自身を落ち着かせたり、落ち込んでいる人を元気づけるなど、自分と他者の感情をコントロールする能力です。これまでの研究は、四つのすべての要素において、高齢者が若年者よりも優れている、あるいは、少なくとも若年者と同等であることを示しています。そのため、高齢社員の方が、仕事によるストレスをうまくコントロールでき、燃え尽き症候群になりにくいとされています。また、自分だけでなく周りに対して気配りができるため、職場での衝突を回避でき、顧客の満足度が高いという結果もあります。一方で、高齢者はネガティブな情報よりもポジティブな情報に注意を向けやすいことから、現状に満足する傾向があり、変化を生み出すことが苦手であることも示唆されています。認知機能と同じように感情機能にも個人差はあります。それでも、感情機能は経験によって向上し、高齢期でも維持されるため、職場において高齢社員が活躍できる場面は多くあります。年齢とともに仕事のパフォーマンスが低下するという認識は誤りであることを、感情機能に関する研究は示しています。【参考文献】増本康平(2018)『老いと記憶〜加齢で得るもの、失うもの』中央公論新社Baltes, B., Rudolph, C. W., & Zacher, H. (Eds.). (2019). Work across the lifespan. Academic Press.

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