エルダー2021年4月号
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2021.410くらい激しい変化があってもおかしくありません。国民全体で構成する公的年金保険制度は、保険料にせよ給付にせよ、経済や雇用のあり方、人口などと整合的に設計されないといけません。制度は、社会の変化に合わせて変化する、すなわち「適合」せねばならないのです。現実の制度においては、5年ごとに「財政検証」が行われ、必要とあらば「オプション試算」が示されて必要な「適合」が議論されるという仕組みになっているのです。いま、行われつつある「適合」近年の変化のうち、公的年金保険制度の変化・適合を迫るのは、どのようなものでしょうか。そのうちの一つは、非正規・短時間労働者への適用の拡大です。平成に入ってからの「就職氷河期」以降、正規労働を求めているのに非正規労働に就かざるを得ない人が増えました。非正規の短時間労働者が、農家や自営業主などと同じように1号被保険者になる場合、将来の低年金の懸念が強まります。1号被保険者のまま老後を迎えると、被用者として生きてきたのに給付は基礎年金だけです。特に単身者の場合、生活は相当苦しくなります。貧困高齢者の集団が出現してしまいます。こうなっては一大事なので、近年、短時間労働者に厚生年金保険など被用者保険の制度を適用する「適用拡大」に向けた努力が払われてきました。適用拡大とは、雇用主が保険料の半分を負担すること、将来の給付が基礎年金のほかに報酬比例部分が加わって増えること、などを意味します。2020(令和2)年の年金制度改革法でも、短時間労働者を被用者保険に入れる企業規模要件を「従業員数501人以上」から2024年10月には「50人超」とすることなどが、規定されています。もう一つの事例として、ライフプランニングの選択範囲の拡大ニーズの高まりを見てみましょう。受給開始時期の選択は、人生の後半の重要事項です。よく「支給開始年齢は65歳」といいますが、これは給付額の計算の基準点が65歳ということです。従来、60歳までの繰上げ、70歳までの繰下げが個人の選択に委ねられてきました。「支給開始は60~70歳の範囲での自由選択制」という方がより正確です。しかし、寿命は延びているのですから、選択範囲はより上の年齢に向かって広がっていく必要があります。今回の年金制度改革法が施行されると、繰下げの範囲が75歳までになります。70歳までの繰下げなら給付は42%増しですが、75歳までの繰下げなら84%増しになります。70代前半の生活を、貯蓄の取崩しや私的年金の給付、さらには年齢に合わせた働き方による勤労収入で支えて、75歳以降はより多くの年金給付によって、いわば長生きリスクに対する備えを厚くして生きていく、という選択肢を提供する改正です。おわりに公的年金保険は、日本社会全体にとっても、個々人の生活にとっても、非常に重要かつ規模の大きな制度です。老後の「安心」のための制度インフラとして、きわめて大切なものです。国民の老後の生活の安定のためにこういう制度が用意され、かつ、強制加入です。なぜ強制するのでしょうか。理由の一つは、人間には近視眼的という「性(さが)」があることです。40歳で50年後の90歳の自分をイメージすることはなかなかできません。将来のことを思考のなかに取り入れることは、人間という生き物が得意とするところではありません。個々の国民も日本社会全体も、公的年金保険という制度インフラを正しく理解して使いこなし、いずれ迎える老後の生活の安定の基盤を構築することが必要といえるでしょう。

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