エルダー2021年6月号
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2021.626う』と、頭を下げてくれました。そのアットホームな雰囲気こそが、私の仕事の原動力です」とにっこり笑う。しばらくすると人手が足りないということで調理部の仕事を手伝うことになり、以来ずっと調理補助として朝食のバイキングを担当している。朝の5時半にはホテルに着いて、6時に厨房に立つ。バイキングの料理をつくり、朝食時間が終わったら明日の仕込みに入る。これが週3回から4回のローテーションとなる。もし、連泊する人がいるならメインで同じものを出さないように気をつけるのも松田さんの仕事である。高校生のころ、住み込みで毎日の朝食当番をした経験や、鶏肉の加工屋で総菜をつくったことが、長い年月を経ていまに活きている。人生で役に立たない経験は何一つないことを、松田さんは身をもって感じている。高齢者が活き活き働ける職場づくりを目ざして「朝が早いので通勤は車を使っています。73歳だから都会なら免許を返納するようにといわれるかもしれませんね。朝早いのには慣れました。たまに体がしんどいなと思うときもありますが、お客さまが笑顔で食事している姿を見ると疲れも吹き飛びます。まだまだ交通の便が悪いのに、遠方から泊まりに来てくださる方もいて、そのことがここで働くみんなの励みになっていると思います。だからできるかぎり笑顔でお客さまに接したいのです」という松田さんの言葉に浅川マネージャーが大きくうなずいた。「松田さんをはじめ、高齢のパート社員とお客さまとのやり取りを見聞きするたび、温かさを感じます。言葉というより、すれ違うときの笑顔というか、ほんのちょっとした気遣いを学ばなくてはと思っています。当社は、一応定年はありますが、働く意欲があり健康な方ならいつまでも働いてもらえます。最高齢は74歳の方でいまは洗い場を担当しています。面白いのは、松田さんはその方とほとんど年が違わないのに『あの人が最高齢』と敬意をもって話していることです。接客業というものはやはり、一人の人間としての経験が必要なのかもしれません。当ホテルをご利用になったお客さまからメッセージカードをいただくことがありますが、『体に気をつけてください』といった優しい言葉をくださる方もいます。現在当社は、ベッドメーキングに60代後半が2人、サービス部門にも60代の方がいます。朝食担当には、松田さんともう一人60代の方がいます。当ホテルの業務をしっかり支えているのは高齢のパート社員たちといっても過言ではありません。募集のときには一応定年を明記しますが、ハローワークさんもよく理解してくださっていて、『70代の方ですけれどどうしましょうか』と声をかけてくれ、『もちろん面接させていただきます』とお答えしています。パート社員とは、1年に1回面談して今後どうするのかを個別に聞いていますが、多くの方が働き続けることを選択してくれるので頼もしいかぎりです」と松田さんに笑顔を向けた。コロナ禍でホテルも苦境に陥り、松田さんたちも1カ月間ほど働けないことがあった。「私たちパート社員にも社員と同じように給与を保障してくれました。人を大切にする会社の気持ちに少しでも応えたいから、健康に気をつけて仲間たちと長く働かせてもらい、会社や地域に恩返しがしたいです」と力強く話す。同ホテルにおいては、高齢従業員のさまざまな経験が、再建後のホテル業務を支えている。「復旧・復興」と、被災地から離れている人間はつい言葉に出してしまいがちだが、被災地で生きる人々にとってそれは自然な日々の連続であり、10年という歳月は通過点に過ぎないのだろう。「奇跡の一本松」、「新しい庁舎」、「キャピタルホテル1000」、復興のシンボルが、たくましく生きる人たちを励まし続ける。

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