エルダー2021年6月号
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期間が長期すぎないか(1年から長くとも2年程度)、⑤代償措置が取られているか(退職金の割増支給、補償金の支払いなど)の要素を加味して、有効性を判断する傾向にあります。特に①については、「競業禁止によって守られる利益が、営業秘密であることにあるのであれば、営業秘密はそれ自体保護に値するから、その他の要素に関しては比較的緩やかに解し得るといえる」としており、営業秘密にかかわる場合には、競業避止義務の範囲が広がることも肯定しています。今回の質問においても、顧客名簿の持ち出しについては、顧客名簿の管理について、パスワードの設定、閲覧者の制限および守秘事項であることの明記などの要素を充足していれば、営業秘密として認められる余地はありえます。競業避止義務と解雇について2近時の裁判例において、競業避止義務違反、とりわけ従業員の勧誘行為を含む行為に対して、解雇処分を行った事例があります(大阪地裁令和2年8月6日判決)。事案の概要としては、本部長であったX1と店長であったX2が、従業員に対し自身らが勧誘を受けている競業企業にともに移籍することを勧誘し、その際に、給与条件などを書面で提示し、条件が合わない場合には条件をよくするといった交渉も交えて、企業にとって要職を占めている従業員を多数勧誘したというものです。このような事案においては、勧誘した者は、各自が自発的に退職するに至ったにすぎないという主張をすることが多く、この裁判例でも同様の主張がされています。ところが、勧誘対象者を食事に誘っていたことや会社が事情を聴取した際には異なる説明(勧誘を行ったことを認める内容)をしていたこと、資料を示して労働条件を引き上げる旨の提案などを行っていたことなどをふまえて、引き抜き行為があったと認定するに至っています。事後的に裁判例を見れば、引き抜き行為があったことは明らかかもしれませんが、実際には、水面下で秘密裏に行われることも多く、明らかにならない事実もたくさんあります。この裁判例では、社内の内部通報で引き抜き行為が発覚しており、勧誘を快く思わなかった労働者がいたものと思われます。社内で内部通報があったときには、どのような提案があったのか、客観的な資料を提示されなかったか、ほかに同様の勧誘を受けた者がいないかなどを早急に調査して、被害が拡大しないように対応する必要があります。裁判所の判断としては、①本部長および店長という重要な地位にあること、②多数の従業員に対して転職の勧誘をくり返したこと、③労働条件の上乗せ、支度金の提示を行っていること、④店舗探しを在籍中に行っていたことなどを考慮し、「単なる転職の勧誘にとどまるものではなく、社会的相当性を欠く態様で行われたものであり、他方、原告X1及び原告X2がまもなく退職を予定していたことも考慮」して、解雇の有効性を認めました。ここで重要であったのは、単なる競業行為ではなく、従業員の引き抜き行為まで発覚し、その態様も多数に対する勧誘が行われるなど、その悪質性を立証することに成功したことです。就業規則において真に禁止するに値するのは、営業秘密にかかわる持ち出しを行う態様での競業行為や、悪質な従業員引き抜き行為をともなう場合です。また、これらの状況を把握するための窓口として、内部通報(または外部通報)窓口を設置しておくことにより、事態の早期発覚をうながしておく準備を整えておくことも重要です。ハラスメントの内部通報窓口の設置とあわせて、このような違法となりうる行為に関する内部通報窓口の設置を行うことも検討に値します。エルダー47知っておきたい労働法AA&&Q

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