エルダー2021年8月号
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2021.88にどの仕事をするか決めないかぎり、何の勉強もできません。そうではなくて、60代より前の40代、50代ぐらいから、普段の学び方自体を深い学びにしていくことが重要です。自分の学びの蓄積の深さや幅の広さをつくることができれば、想定外の仕事に就いても、ほかの人にはない引き出しや発想力が、役立つことがあります。実際に、20年以上キャリアについて調査を行ってきて、そういう話をずいぶん聞きました。自律的キャリア形成に関心を持って、当時私が主宰していた研究会に最初に参加してきたのは総合電機業界の人たちでした。ビジネスポートフォリオ※1が多岐にわたっていて、組織再編も多い産業です。再編のため撤退した事業部にいた人を、まったく違う部署に異動させなければならない。それに向けてテクニカルな学び直しが必要となりますが、その土台となる自律的キャリア形成を、いわゆる日本企業の特徴である三つの「無限定性」(どんな仕事もします、何時まででも働きます、どこにでも転勤します)が阻害していて、むずかしい対応を迫られていました。このような流れが2000年ぐらいからはっきりし、特に総合電機業界はその典型でした。会社は非常に危機感を持って、社員にキャリア自律を行ってほしいと考えています。このキャリア自律を考えるうえで深刻なのは、会社が主導してきた三つの無限定性では、いまの急激な変化に対応しきれなくなっているということです。では、何が変化に柔軟に対応していくポイントになるのかというと、リカレント教育や生涯学習と同時に、根本であるキャリア自律する本人の意識だと思います。―学び直しといっても、いったい何を具体的に学べばよいのでしょうか。高橋 最近やっといわれ始めましたが、やはり「リベラルアーツ※2」がとても大事だと思います。物事の背景がリベラルアーツなのに、科学的根拠や歴史的背景を知らないのでは意味がありません。リベラルアーツは、仕事で使う脳とは違う部分を使います。それがすごく刺激になるのです。いま、仕事は分業が進んでいて、その部分で必要な能力ばかりを使っていると、それ以外の能力が衰えていきます。次の仕事でどの脳を使うかわからないから、全人的に構えておく必要があるわけです。脳全体のバランスのよい発展のためには、仕事と関係ない部分の脳を使わなければいけません。私が重要だと思うのは、引き出しを増やすこと。引き出しが増えることで、何か未知の新しいものに触れても、過去の引き出しのなかから組み合わせて理解できます。仕事での経験はもちろん、さまざまな学びやボランティアなども、リベラルアーツの基盤があってこそ、引き出しの増加や発想の豊かさにつながります。※1 ビジネスポートフォリオ……多様なビジネスの組合せ※2 リベラルアーツ……自然科学、社会科学、人文科学などの基盤的・汎用的な教養 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任教授。東京大学工学部航空工学科を卒業後、日本国有鉄道勤務を経てプリンストン大学院工学部修士課程を修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーから現在のウイリス・タワーズワトソンに入社し、1993年に代表取締役社長に就任。1997年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2011年11月より現職。専門は個人主導のキャリア開発や組織の人材育成の研究・コンサルティング。主な著書に『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書・2012年)、『キャリアショック』(ソフトバンククリエイティブ・2006年)など。高橋 俊介(たかはし・しゅんすけ)

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