エルダー2021年9月号
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うになった場合は、労働基準法の「賃金」となり、同法の規制対象にもなり、直接払い、全額払い、通貨払いなどの原則が適用されると考えられています。また、退職金の支給について、訴訟を通じて請求権を確定させることもできることになります。退職金と労使慣行について2就業規則に定めがなく、労働契約でも支払い約束をしていないのであれば、原則として支払い義務を負担することはありませんが、例外的に、退職金の支払い義務を負担する場合があります。使用者と労働者の間の権利義務を定めるものは、基本的に労働契約および就業規則ですが、使用者と労働者の間で慣行となっている場合には、法的な意味での拘束力が生じる場合があります。これを「労使慣行」と呼んでいますが、実際、過去の裁判例において労使慣行に基づく退職金請求権の発生を認めた事例も存在します。東京高裁平成18年6月19日判決(キョーイクソフト(退職金)事件・控訴審)は、内規において、支給基準を定めていたところ、10年以上にわたりその基準にしたがった支給を継続しており、「基本給に支給率(勤続期間10年以上の場合はストライキ期間を除く勤続年月)を乗じた金額に減額措置及び加給措置(いずれも被控訴人については適用がない。)を行った上、餞別金(勤続10年以上の従業員は3万円)を付加した金額を支給額とする」基準が確立していたことなどから、労使慣行に基づく退職金の支給義務を肯定しました。退職金に関する労使慣行の成立には、単に長期にわたり同じ取扱いがなされていたことだけではなく、①一定の基準による退職金の支給が労使にとって規範として認識されていること、②上記基準により当該事案の退職金額を算出できることが必要と考えられています。そのため、キョーイクソフト(退職金)事件においても、労使双方が、内規に定められた基準を認識していたことを前提として労使慣行の成立が肯定されました。労使双方の認識が共通していることは労使慣行の成立一般についても同様に考えられているところです。そのほか、東京地裁平成17年4月27日判決においても、退職金支給の規定はあるもののその支給基準を具体的に定めておらず、支給根拠や計算方法の定めに不備があった事案において、就業規則に基づく退職金支払い義務は否定しつつも、退職金支給を受けた者が多数存在しており、そのうち検証可能な者を見るとその半数程度が、内規に定められた同一の算定式から誤差20%の範囲で支給されていたことをふまえて、労使慣行に基づく具体的な退職金支払い義務を肯定しました。これは、使用者側にある不備を理由に、これまで払っていた退職金の支給を拒否しようとしたことから、使用者にとって否定的な評価がなされたともいえます。就業規則を多数見ていると、退職金については別に定めるとしたまま、具体的な就業規則を定めることなく、また、退職金支給のルールも明確にすることなく推移している企業を見かけますが、このような場合に退職金の支給を継続していたときには、思わぬ負担が発生する可能性があります。また、逆に、内規を基にした労使慣行による退職金支給義務を否定した裁判例として、大阪高裁平成27年9月29日判決(ANA大阪空港事件)があります。過去に作成された「内規」と名づけられた文書において、退職金の計算方法が記載されていたところ、当該内規が、就業規則の一部であるか、労使慣行として使用者を拘束しないかなどが争点になりました。裁判所は、「日本語の通常の意味として、『内規』とは、『内部の規定、内々の決まり』を意味するから、それが就業規則と異なることは明らかである」ことや、労使の合意として書面が作成されていないことなどから、使用者が当該内規にしたがって退職金を労働契約の内容とする意思を有していなかったことが認められるため、就業規則の一部ではなく、労使双方の認識が合致しておらず労使慣行として認めることもできないと判断されました。したがって、過去の支給自体が、内規で労働契約の内容としているものや労使の合意にエルダー45知っておきたい労働法AA&&Q

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