エルダー2021年9月号
49/68

一方で、喫煙は、個人の嗜好であるうえ、健康増進法には受動喫煙防止が定められ、国民の健康の増進が目的とされるなど、その改正により屋内の場所に対する規制の範囲が広がり、多くの事業者が受動喫煙防止措置を義務づけられるに至っています。また、喫煙の自由に関しては、監獄法に関して争われた最高裁判例で触れられたことがあります(最高裁昭和45年9月16日判決)。同判例では、「煙草は生活必需品とまでは断じがたく、ある程度普及率の高い嗜好品にすぎず、喫煙の禁止は、煙草の愛好者に対しては相当の精神的苦痛を感ぜしめるとしても、それが人体に直接障害を与えるものではないのであり、かかる観点よりすれば喫煙の自由は、憲法一三条の保障する基本的人権の一に含まれるとしても、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」と判断されている通り、その自由の価値は必ずしも高くないと評価されています。私生活および休憩時間の喫煙2私生活や休憩時間における喫煙まで禁止することができるでしょうか。職務専念義務があるとはいえ、これは、労働契約に基づくものであり、基本的に使用者が労働者を拘束できるのは、労働時間中の行動に限定されるべきものです。パワーハラスメントの一種として個の侵害という類型がありますが、私生活への過度な介入や執拗な干渉は、プライバシーの侵害やパワーハラスメントになるおそれがあります。ただし、私生活上においても、会社の信用を毀損するような行為などが禁止行為として許容されているなど、いかなる介入も許容されないわけではありません。使用者が禁止する必要性と禁止対象による制限の程度などを比較しながら、私生活上の行動を禁止できるかということを考えていく必要があると考えられます。職場での喫煙を禁止することで、労務提供時間の確保や周囲の従業員の健康確保などが叶うという観点からは、労働時間中の喫煙禁止は一定の合理性がありそうですが、私生活においては、会社が守るべきほかの従業員の健康や労務提供時間の確保と無関係になりますので、そのほかの必要性が肯定できるのかという点が問題になります。想定できるとすれば、従業員自身の健康確保にとどまり、喫煙による心身の状態の悪化が明白で業務支障を及ぼすおそれがあるような例外的な事態であればともかく、一般的には、労働時間外の私生活における喫煙を禁止することはできないと考えられます。また、休憩時間は、労働からの完全な解放が確保されている必要がありますので、私生活と同様に休憩時間中における喫煙を禁止する理由も乏しいといわざるを得ません。喫煙スペースの利用について3現実的には、喫煙は、職場自体というよりも喫煙スペースにおいて行われることが一般的になっており、そこで職務を遂行することは叶わないことが多いでしょう。喫煙スペース自体を自社で用意しているような場合には、この施設には施設管理権と呼ばれる権限が認められています。施設管理権がある場合、企業秩序の維持に必要な範囲で利用制限などを設けることが許されています。休憩時間においては、私生活時間中と同様に原則として喫煙に対する制限を設けることはむずかしいと考えられますが、休憩時間に関する行政解釈において、「休憩時間の利用について事業場の規律保持上必要な制限を加えることは、休憩の目的を損なわない限り許される」(昭和22年9月13日次官通達17号)と解されていることからすれば、施設管理権に基づく一定の制限は可能と考えられます。したがって、喫煙スペースの設置場所や利用時間の制限などについては、使用者の裁量が広く認められると考えられ、施設管理権を行使することによって、労働時間や休憩時間中の喫煙時間を制限することも可能でしょう。このように、喫煙時間の制限や喫煙スペースの利用制限などを組み合わせ、禁煙による健康増進を目ざすこともできるでしょう。エルダー47知っておきたい労働法AA&&Q

元のページ  ../index.html#49

このブックを見る