エルダー2021年10月号
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方的な退職や辞職の意思表示ではなく、使用者の承諾を得るための退職の申し入れを行うような場合もあります。例えば、「できれば、໐月末日をもって退職したいと思っているのですが」というような相談を受けた場合、これは一方的な退職の意思表示ではなく、使用者の承諾を得て退職日を確定させたうえで退職しようという意思表示(「退職の申込」といいます)と考えられます。したがって、このような場合には、使用者がこれを承諾したときに、合意退職が成立して、雇用契約の終了が確定することになります。このとき、例えば、「ほかの部署との調整もあり、引継ぎに必要な期間も検討する必要があるから、返答は少し待ってくれ」などと述べて、使用者が承諾することなく、保留したままにしていた場合、合意退職は成立しません。一方的な退職の意思表示とは異なり、使用者による承諾の返答を受けるまでの間は、労働者は退職の申込を撤回することができるとされています。例えば、大阪地裁平成9年8月29日判決(学校法人白頭学院事件)においては、「労働者による雇用契約の合意解約の申込は、これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し、雇用契約終了の効果が発生するまでは、使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り、労働者においてこれを撤回することができると解するのが相当である」と判断されています。一方的な退職の意思表示と退職の申込の区別について3退職の意思表示といっても、「こんな会社辞めてやる!」とか、「明日からもう来ません」、「もう働き続けるつもりはありません」などさまざまな表現が考えられるところです。これらが、一方的な退職の意思表示であるか、退職の申込であるのかという点は、明確に判断しづらいところがあります。実務的に裁判所がどういった判断をしているかを見てみると、一方的な退職の意思表示は、撤回が不可能であり退職の効果が確定する労働者に不利益な判断になるため、退職が極めて重要な意思決定であることから、口頭で一方的な退職の意思表示があったものと認めるためには、慎重な検討が必要であるとされています。例えば、東京地裁平成26年12月24日判決(日本ハウズイング事件)では、口頭で行われた退職の意思表示について、「労働契約の重要性に照らせば、単に口頭で自主退職の意思表示がなされたとしても、それだけで直ちに自主退職の意思表示がなされたと評価することには慎重にならざるを得ない。特に労働者が書面による自主退職の意思表示を明示していない場合には、外形的にみて労働者が自主退職を前提とするかのような行動(筆者注:意思表示の翌日から出社しなかったことを指している)を取っていたとしても、労働者にかかる行動を取らざるを得ない特段の事情があれば、自主退職の意思表示と評価することはできないものと解するのが相当である」と判断したうえで、口頭での退職に意思を示す直前に使用者からの退職勧奨や解雇に類する話合いがあったことをふまえて、自主退職の意思表示ではないと判断されました。このような判断の基準も示されていることから、いずれに該当するか曖昧な場合には、原則として退職の申込と判断して、承諾を要するものとすべきというのが、現在の実務的な対応が採用しているところです。したがって、口頭で行われた退職の意思表示に対して、特段の返答をしていなかった場合には、一方的な退職の意思表示ではないと判断される可能性が残っています。しかしながら、口頭での退職の意思表示であった場合でも、何日間も出社せず、連絡も取れず、貸与品の返却や社会保険の終了に関する手続きを自ら進んで行ったなどの事情があれば、一方的な退職の意思表示と評価される余地は残っていますので、退職の意思表示をした後の言動も重要といえるでしょう。エルダー47知っておきたい労働法AA&&Q

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