エルダー2021年12月号
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特集役職定年制のメリット・デメリットエルダー19とが重要と考えられます。他方、賃金が減額されても、これに相応した労働量の減少が認められるのであれば、全体的な不利益は小さいことになることや、経過措置や代償措置がある場合なども不利益が緩和される要素として考慮しています(ただし、当該事件においては、事実関係に照らして不利益性の緩和には不足であるとされました)。次に、比較的最近の事件として、熊本地裁平成26年1月24日判決(熊本信用金庫事件)があります。この事件においても、「みちのく銀行事件」のように、賃金の減額をともなう役職定年制においては、「高度の必要性に基づく合理的な内容」が必要となることを前提に、その不利益の程度などについて慎重な判断がされています。役職定年制導入の理由(目的)は、「経済状況が継続的に悪化していく状況にあり、かつ他の信用金庫と比べて経費率が高くこれを削減する必要性があったこと、職員の賃金の減額以外に経費削減の試みを行っていたが経営状況が改善されない状況にあり、将来において破綻の危険が具体的に生じるおそれがあり、そのようなおそれが生じることを回避するため」という経営の危機回避が目的でした。減額される賃金の程度は、55歳到達後60歳までに年10%の割合で給与額を削減するという内容であり、最大で50%の削減率に到達するという内容となっていました。この事件においても、55歳以上の職員のみに著しい不利益を与える点が問題視されており、応分負担がなされていないことは重視されています。みちのく銀行事件においては、労働組合の同意を得て導入した制度であり、熊本信用金庫事件においても、多くの職員が導入に同意していたという事情がありましたが、これらの事情のみでは、合理性が肯定されるには至りませんでした。就業規則の不利益変更において、手続的な要件は近年重視される傾向がありますが、賃金などの重要な権利に影響するような就業規則の不利益変更においては手続的な要素が充実しているだけでは不足があるといえるでしょう。役職定年制導入が肯定された裁判例を一つ紹介しておきます。津地裁平成16年10月28日判決(第三銀行事件)です。判断の基準は、これまで紹介した二つの事例と同様に、賃金などの重要な労働条件の不利益変更をともなう場合には、高度の必要性に基づいた合理的な内容が求められるとしている点は同様です。労働組合との労働協約をもって新人事制度の一環で55歳を基準とした役職定年制を導入し、役職定年後は専任職に就くという内容であり、これにともなう賃金減額が行われたという事案です。役職定年制導入の理由は、組織の活性化と人材の若返りとされていましたが、その背景には、継続的な赤字決算があり、高度の経営上の必要性があったとされました。減額される賃金の幅は、元総合職の職員であれば約5・6%~7・9%など(元一般職の職員の場合でも最大で9・3%程度)であり、ほかの事件と比較すると、比較的減少の幅は控えめになっています。この事件では、新人事制度の内容に役職定年制が含まれていたというものであり、同時に導入されたものとして、昇格要件の明確化、勤務地の希望考慮の重視、総合職と一般職の業務内容の区別の明確化、早期退職制度と転職支援制度の導入など、賃金減額に対応するような労働条件の改善も行われていることも重要です。なお、手続的な要素についても、団体交渉を重ね、最終的には従業員の4分の3を占める労働組合が容認しているという点も考慮されています。

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