エルダー2022年1月号
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特集シニアのキャリア・チェンジエルダー21新聞記者から書店店主へ偶然が重なり始まった第二の人生東京都台東区の田原町駅から3分ほど歩いた路地の一角。そこが書店であることを知らなければ、通り過ぎてしまうほど周りの風景に溶け込んでいる書店がある。ドアを開けると少し奥まったカウンターで、明るい色のシャツを着た店主が笑顔で出迎えてくれた。2017(平成29)年に、大手新聞社の記者から個人経営の書店店主に転身した落合博さん(63歳)だ。2021(令和3)年9月には、書店開業の苦労をまとめた著書『新聞記者、本屋になる』(光文社)を刊行した。毎日新聞の論説委員として社説を担当していた新聞記者が、定年を待たずに58歳で新聞社を去り、ゼロから書店経営者を目ざす話は十分ドラマチックで、その過程を書いた著書は1カ月後には2刷になるほど売れ行き好調なこともうなずける。落合さんは開口一番「その本に大体書き尽くしていますが、みなさんが期待されるほどドラマチックな話はありません。新聞記者をやめて小さな書店の経営者になったのは、偶然に偶然が重なりあった結果にすぎないのです」と語った。人より先に会社員生活を終え、東京の下町に書店をかまえて、一国一城の主になった落合さんは、「例えば、『昔から本の虫で、いつかは本屋をやろうと夢に描いていた』といったお話ができればよいのですが、それほどの読書家でもありませんでした。ただ、本屋を始めるときに自分の読みたい本を売ろうということだけははっきりしていました。開業して4年、そのことを大切にしながら歩いてきました」と申し訳なさそうに話す口調に人柄がうかがえる。56歳︑長男誕生が転機となり書店開業に向けた準備をスタート山梨県甲府市出身の落合さんは、東京の大学を卒業すると読売新聞大阪本社に入社。最初の配属先は広島県の福山支局であった。このころの読売新聞は本社によって社風が違い、大阪読売には黒田清さんという名物社会部長がいて「反権力」を掲げていた。「新聞記者はあこがれの職業でしたし、黒田軍団の存在も魅力でした。ただ、いわゆる『夜討ち朝駆け』※のようなことが嫌でならず、これでは記者としては大成しそうにもありません。結局、7年勤めた読売新聞社を辞め、トライアスロンの専門誌に移りました」自身もトライアスロンをやる落合さんには格好の職場だったが、新聞記者が恋しくなり31歳で毎日新聞社に中途入社した。バブル経済がは新聞記者からのキャリア・チェンジで書店を開業こだわりの詰まったお店で〝自分が読みたい本〟を並べるブックストア﹁Readin'Writin'﹂︵東京都台東区︶店主落合 博さん※  夜討ち朝駆け……新聞記者などが、予告なく深夜や早朝に取材先を訪問すること

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