エルダー2022年1月号
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労働契約(=雇用契約)が存在しているかぎりは、生命、身体などの安全を確保する義務を負担します。しかしながら、労働契約法第5条は「労働契約が成立している場合」に安全配慮義務を使用者が負担することを定めているにすぎず、労働契約が存在しない場合にも、安全配慮義務が肯定されるか否かは別途の考慮が必要です。安全配慮義務に関する最初の判例は、最高裁昭和50年2月25日判決(陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)です。自衛隊をはじめとする公務員と国の関係は、労働契約に基づくものではありません。とはいえ、公務員と国の関係は、使用者と労働者に類する部分も多く、自衛隊においては訓練や整備中の事故などの危険もあることから、自衛隊員と国の間で安全配慮義務が肯定されるのかが問題となりました。同判決においては、「国は、公務員に対し、…(略)…公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という)を負つているものと解すべき」と結論づけ、公務員に対する安全配慮義務を肯定しました。その理由として、安全配慮義務は「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入つた当事者間」において、信義則上負う義務として一般的に認められるべきものという理由があげられています。ここで示されている通り、安全配慮義務は、雇用契約の関係がある当事者間にかぎらず「特別な社会的接触関係」の有無を基準として判断されることになります。この基準が判例となったことから、公務員以外の事件である私人間の直接の雇用関係にないような関係性においても、安全配慮義務が肯定される事例があります。例えば、福岡高裁昭和51年7月14日判決(大石塗装・鹿島建設事件、最高裁昭和55年12月18日判決で維持されました)においては、直接の雇用関係にない下請契約の関係者との間での安全配慮義務について、「法形式としては請負人(下請負人)と雇傭契約を締結したにすぎず、注文者(元請負人)とは直接の雇傭契約を締結したものではないとしても、…(略)…、実質上請負人の被用者たる労働者と注文者との間に、使用者、被使用者の関係と同視できるような経済的、社会的関係が認められる場合には注文者は請負人の被用者たる労働者に対しても請負人の雇傭契約上の安全保証義務と同一内容の義務を負担するものと考えるのが相当である」と判断しています。建設業においては、元請、下請、孫請などの関係がありつつも同一の現場で業務を遂行する関係があることから、労働安全衛生法でも特別な規定が用意されているなど、安全配慮義務が肯定されやすい傾向があります。例えば、大阪高裁平成20年7月30日判決においては、第一審判決では被害者側が一般的には到底行わないような危険な方法で作業を実施したことをふまえて安全配慮義務自体を否定したところ、控訴審では「請負(下請)契約関係の色彩の強い契約関係であったと評価すべきであって、その契約の類型如何に関わらず両者間には実質的な使用従属関係があったというべきであるから、被控訴人は、控訴人に対し、使用者と同様の安全配慮義務を負っていたと解するのが相当である」と判断し、元請業者が安全配慮義務を負担することを肯定しました。なお、第一審が考慮した危険な方法による作業の実施については、過失相殺において8割の減額が認められており、まったく考慮されていなかったわけではありませんが、安全配慮義務を負担するか否かとは結びつけられていません。請負契約以外の裁判例における判断について3安全配慮義務を負担するのは労働契約がある場合にかぎられるわけではないという点は、業務委託契約全般にもあてはまるものです。例えば、自治体がテニスの講習を外部に委託したところ、当該委託先において、複数名の初心者向けに行われたテニスの講習中に、誤って飛んできたボールを右眼に受けた結エルダー47知っておきたい労働法AA&&Q

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