エルダー2022年5月号
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事案の概要は、以下の通りです。課長を務めていた労働者が60歳で定年退職となりましたが、使用者では65歳までの継続雇用制度が用意されていました。当該労働者は、役職および賃金額の変更がない状態で、定年退職後の再雇用として1年間の有期雇用契約を締結した後、さらに1年間更新されました。しかしながら、更新後の契約期間中に、当該労働者の部署が廃止され、その影響で役職も解かれることとなり、部下を管理指導する業務や稟議書の決裁などの業務はなくなりました。部署が廃止され、役職を解かれた影響をふまえて、3回目の更新に向けて使用者と当該労働者の間では協議が重ねられましたが、使用者からは、賃金を35%程度減額した内容で提示され、次回更新における判断基準なども詳細に定められた内容で締結予定の雇用契約書が提示されました。当該労働者からは、賃金の減額理由や更新基準に関する具体的な考え方などの説明を求めるメールが送られたうえで、使用者との面談のなかでも不服が示されましたが、使用者との面談は計2回各30分程度におよび、役職が解かれていることにともない一般職と同程度の賃金水準となっていることなどを明確に説明し、面談後、労働者からは変更後の条件の雇用契約書に署名押印したうえで、提出されました。なお、当該労働者は、次回の更新時に提示された雇用契約書を減額前の賃金額に訂正して提出し、使用者から訂正前の内容で再提出するよううながされていました。裁判所としては、高年齢者雇用安定法における継続雇用制度の趣旨について、労働者との合意により労働条件を変更することを許容していないと解することはできないとしたうえで、65歳まで同一条件で雇用を継続することまで義務づけていると解することはできない、と判断し、労働条件の変更を許容しました。したがって、再雇用するタイミングのみではなく、再雇用後の更新時点においても、労働条件を維持しなければならないというわけではないと考えることができるでしょう。さらに、当該労働者からは、賃金という重要な労働条件の不利益な変更であるとして、その変更は自由な意思によらなければ、定年後の再雇用において労働条件を変更することはできないと主張されていましたが、裁判所は、仮に、自由な意思によるものか問題になるとしても、労働条件の変更に至る面談などの経緯をふまえて、自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すると評価しています。結論としては、労働条件の変更が有効と判断されていますが、その説明の過程については、参考になる点が多いと思われます。裁判例が重視した事情として、①労働条件の変更について、面談前や面談を通じて更新後の条件を明記した雇用契約書を示すなど明確にされていたこと、②①で示された労働条件を検討する時間が十分に確保されていたこと、③労働条件変更にあたっては、複数名の上長から2回の面談がそれぞれ30分程度行われ、賃金減額の理由などが説明されていたこと、などがあげられます。本裁判例は、役職を解くこととあわせて行われる賃金の減額については比較的許容されやすいということ、労働条件を変更する場合には早期に提示しておき検討の時間を十分に確保することや口頭での説明や質疑応答の機会を確保することが重要であることを示していると考えられます。なお、賃金などの重要な労働条件の変更にあたって、労働者の自由な意思によらなければ、たとえ書面により承諾の意思を示していたとしても、有効ではないという主張をされることが増えているように思われます。一般論として、労働条件変更にあたって、労働者の自由な意思によって承諾を得るよう努めることは重要と考えられます。ただし、法的な意味で自由な意思がなければ変更ができないとされる状況とは、基本的には、存続中の労働契約を有効期間の途中で条件変更する場合にあてはまるものであり、契約の更新時などに要求される水準(合理的な裁量の範囲の提示であれば許容される)とは若干異なるものと思われます。エルダー47知っておきたい労働法AA&&Q

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