エルダー2022年5月号
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ととなったため、配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を費やした場合」は、「強」程度とされているため、このような場合には、単独で精神障害の発症との関連性が肯定されることもあり得ます。さらに、同認定基準においては、「ストレス―脆弱性理論」という考え方が前提とされています。これは、環境などが与えるストレス要因と個体側の反応性、脆弱性の関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方です。着目しておく必要があるのは、個体側の要因を考慮するという点であり、個体側が脆弱(弱っている)状況にあるときは、精神的破綻が生じやすいということに留意して判断する必要があります。裁判例の紹介3東京地裁平成27年7月15日判決は、精神疾患を発症して休職した労働者に対する復職直後の配置転換命令の有効性等が争点となった事案です。配置転換命令の有効性については、東亜ペイント事件の基準を引用しつつも、「転勤は、職務内容・職場環境・通勤手段等に関する大きな環境変化を当然に伴うものであり、精神疾患を有する者にはこれらの環境変化がその病状の増悪を誘因するおそれがある」として、慎重な判断が必要であることを示しました。このことは、近年の法改正におけるワーク・ライフ・バランスを重視する傾向をふまえたうえで、ストレス―脆弱性理論とも整合性がある判断であると考えられます。さらに同裁判例では、「精神疾患を有する者に対する転勤命令は、主治医等の専門医の意見を踏まえた上で、当該精神疾患を増悪させるおそれが低いといえる場合のほか、増悪させないために現部署から異動させるべき必要があるとか、環境変化による増悪のおそれを踏まえてもなお異動させるべき業務上の理由があるなど、健常者の異動と比較して高い必要性が求められ、また、労働者が受ける不利益の程度を評価するにあたっても上記のおそれや意見等を踏まえて一層慎重な配慮を要するものと解すべき」といった、具体的な判断方法を示しています。ここで触れられている内容のうち、精神疾患を有する者に対しては、「高度の」必要性が必要となること、通常甘受すべき不利益か否かについても慎重な配慮を要するという点が特徴的といえます。具体的な判断においては、①主治医の意見を会社が聴取しておらず症状との関係で転勤を要すべき状況にあったと認められないこと、②余剰人員となるような配置転換を行う必要性に疑問があること、③通勤時間が倍以上になること、などをふまえて配置転換命令を無効と判断しました。特に、①主治医の意見を聴取することなく配置転換命令を行った点については、安全配慮義務に違反したものと評価されており、使用者には、当該労働者に対する損害賠償責任として慰謝料30万円の支払も命じられるに至っています。休職から復職してきた労働者に対して、配置転換を検討するにあたっては、配置転換することが当該労働者にとってむしろ望ましいといえる状況であるか検討するべきであり、主治医の意見として配置転換が必要とされているか確認するほか、本人に生じる心理的負荷の軽重を判断するために、本人が配置転換を希望しているのかヒアリングすることが重要といえるでしょう。また、この裁判例では、主治医からの診断書に対して、ほかの医師からの意見を得ることなく使用者は判断していました。主治医の意見と使用者の意見が相違している場合には、使用者の具体的な就業環境を把握していないことが原因であることも多いです。そこで、復職希望者に、産業医や使用者が指定する医師との面談をしてもらったうえで、使用者の就業場所や環境などをふまえた復職に関する医師の意見を提示してもらう方法も検討されるべきでしょう。主治医と産業医の意見が分かれることもありますが、使用者が医師の意見を尊重することなく判断する方がリスクは高いと考えるべきです。エルダー49知っておきたい労働法AA&&Q

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