エルダー2022年6月号
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2022.64になりそうな事例を二つご紹介します。 一つ目は、「親がデイサービスに行きたがらない」という相談です。デイサービスに行かなければ、家族は仕事に行けず困ってしまいます。でも、嫌がる親を施設からの迎えの車に乗せるのは家族の責任でしょうか。だとしたら、何のためにプロが迎えに来ているのでしょうか。介護施設の専門職の方から「家族でなんとかしてください」などといわれると、家族は何もいえなくなってしまいます。しかし、本人を納得させてデイサービスに送り届けることや、高齢者が行きたくなるようなサービスを施設で提供することは、プロの仕事なのです。家族は専門職の方たちをもっと頼ってよいのです。 もう一つは、「介護のために会社を休みたいけれど、自分の代わりがいないからいい出せない」という悩みです。「介護=長期の休みが必要」と思われている人もいるかもしれませんが、それは大きな間違いです。3日くらいの連続した休みが必要になることはありますが、長期の休みは避けることが可能です。コロナ禍では、コロナに感染した社員が出社できない状態がいまでも続いています。突然のことで代替要員はいません。それでも仕事を回すために職場では知恵を出し合い対応をしています。介護で休む場合もこれと同じように、だれかが不在となっても業務が回るように、働き方や業務の改善に取り組まなければいけません。このことに気づく経営者も増えてきましたが、まだ頭の切り換えができていない経営者も少なくありません。―最近はヤングケアラーの問題が取り沙汰されていますが、他方で70歳就業時代になると、企業内にシニアケアラーが増えますね。和氣 これからはシニアを対象に、キャリアやマネー、健康といったテーマで研修が行われる機会が増えると思いますが、そのなかにぜひ「介護」を取り上げるプログラムを入れ、知識を身につけてほしいですね。 介護をしながら働く人を支援する制度は、驚くほど認知されていません。2017年に総務省が行った家族介護者への調査では、介護休業制度※2を知っている人は3割ほどにとどまっています。制度や仕組みを知らないために、助けを求める発信ができず、「がんばれば、もうちょっとできるかも」と自分を追い込んでしまうケースがあります。「もうちょっとできるかも」という言葉が頭をよぎったら、それは危険信号です。抱え込まずに外へ悩みを発信し、周囲も理解を深めて受けとめてほしいと思います。 いまでは子育てをしながら働くのはあたり前になっていますが、私が新卒で入社した1994年には、まだ「寿退社」という言葉がありました。つまり、育児と仕事の両立が定着するのに30年かかっているのですね。その意味では、いまは「介護をしながら働くのがあたり前」という文化創造の最中だといえます。そして、「寿退社」が死語となったように、「介護離職」という言葉がなくなるよう、取組みをいっそう強めていく必要があります。「もうちょっとできるかも」は危険信号制度や専門職の人を頼ってほしい※2 介護休業制度……労働者が要介護状態の家族を介護するために休業できる制度。対象家族一人につき93日まで、最大3回まで分割して取得できる一般社団法人介護離職防止対策促進機構 代表理事株式会社ワーク&ケアバランス研究所 代表取締役和氣美枝さん(聞き手・文/労働ジャーナリスト鍋田周一 撮影/中岡泰博)

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