エルダー2022年7月号
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石井筋肉といえば「スポーツに不可欠なもの」と連想しがちですが、人間が日常生活を送ることができるのは筋肉のおかげといってもよいのです。筋肉が動かないと呼吸すらできませんし、体を動かして生命を維持する根本的な機能を筋肉は持っています。かつて、病気によって人間の寿命が制限されていたころは命に直結する心臓、肝臓、腎臓などの呼吸・血管系の器官が最優先される一方、筋肉は運動するための器官とみなされ、それほど重要視されていませんでした。ところが人間が長生きするようになると、加齢にともない筋肉が衰え、思うように動けなくなることでQOL※が下がり、さらにほかの機能、例えば認知機能の低下などが起こることがわかってきました。よりよく長く生きるための基盤石井 の二つが重要です。残念ながら普通に生活していても筋肉量は加齢とともに徐々に減っていきます。上半身に比べて下半身の筋肉ほど減り、特に太ももの前の筋肉は30歳から80歳までの50年間に太さも筋力も半分まで落ちてしまいます。「半分」というのは、椅子に座った状態から片足で立ち上がるための力です。たら両足で立てなくなるということです。「サルコペニア」といいますが、サルコペニアが進行すると思うように動けなくなり、活動量もどんどん低下し、そのうち寝たきりになります。この寝たきりの生活に至る過渡的な状態を「フレイル」(心身の機能が大きく低下しつつある虚弱状態)と呼びます。寝たきりになる要因は筋肉だけではなく、脳卒中などの病気も関係しますが、病気になって突然寝たきりになるのではなく、多くの場合はゆるやかな坂道を下るように徐々に寝たきりになっていきます。途中の坂道がフレイルですが、フレイルになっても筋肉の機能は元に戻すことができます。無理のない範囲で筋肉日常生活に不可欠な「筋肉」筋肉を維持し働かせることが健康につながるとして、筋肉が重要視され始めたのです。また、筋肉の研究を進めていくと、運動器の役割だけではなく、いろいろな働きをしていることがわかってきました。例えば体温を維持する熱源の役割もになっており、筋肉が減ると体温の生産能力が落ち、低体温や冷え性になったり、さらに代謝機能障害に陥ります。筋肉が熱源として働くために、実は糖質や脂質を消費しています。しかし、筋肉が減って働きが弱くなると糖質や脂質が消費されなくなり、糖尿病や動脈硬化など命にかかわる病気の原因となってしまいます。さらに、筋肉を動かすことで、体の健康にとって重要な物質が分泌されることが最近の研究からわかっています。筋肉が分泌する物質は100種類以上あることが報告されていますが、筋肉を維持するだけではなく日常的に動かすことが健康全般にとっても非常に重要であるという認識になっています。健康には、筋肉の「量」と、筋肉の「活動」加齢にともなう筋肉の減少と筋力の低下を―石井先生は、長年にわたり筋肉の研究を続けてこられ、高齢期を健康に過ごすために「筋トレ」の重要性を提唱されています。筋肉と健康の関係について教えてください。―筋肉が減り、活動が低下すると高齢期にどのような影響をもたらすのでしょうか。2022.72※ QOL…クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life)の略称。「生活の質」、「人生の質」を意味する言葉東京大学 名誉教授石井直方さん    30歳で片足ですっと立てないと、80歳になっ

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