エルダー2022年7月号
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企業にも青春がある3  にらみあいに負けた沖田は突然起き上がり、刀を抜いてヨロヨロと猫に近づいていく「このヤロー」と突然斬りかかる。4  しかし体力の消耗した沖田にはもう猫も斬れない。猫は別の所に逃げ、沖田は空振り。ドウとその場に倒れる。刀を放り出してなげく。「畜■生■、もう猫も斬れねえ」。ふとんをかぶってそのなかで泣く。ここまでが私の書いた脚本。ドラマではこの先、すぐセットを模様替えして近藤勇との別れのシーンになる。はずなのに沖田が動かないからそれができない。別室の調整室でディレクターがスタジオ内で動かない沖田にささやく。「沖田ちゃん、そこからどいて。セットの模様替え。ワカルよネ。どいてちょうだい。沖田はもう死んだの、ね、お願いします」5 6    「もうオレには猫も斬れねえ。   「あんなこと書いたの?」私は首をふった。「全部かれ(Aさん)のアドリブだよ」そう身ぶりしてニヤッと笑った。 (オレの脚本よりよほど名セリフだ)口に出さずにそう告げた。7  反応が起こった。「どうしたの」、「どうなっちゃったの」と、疑問の電話で満杯だった放送局への電話が、すべて沖田への感動と賞賛の声に変わった。息子さんにそう話した私は余計なことを加えた。 「あの事件は放送局員のすべてが味わった、一つの青春だと思いますよ。ビデオテープが買えないために、組織として成員のすべてが経験した、貴重な青春です」この話を側面から応援する事実が一つある。それは猫が斬れなくてくやしかった沖田が、抜いた刀を放り投げたときに発した音だ。普通ならセットとして組まれた病室のタタミか、庭の草の音だろう。しかし聴こえてきたのは、 「チャリン」だった。金属とコンクリートの床とがぶつかりあう音だ。金属音は、Aさんの息子さんの、 「そのときの親爺は本■身■(真剣)を持って出かけましたよ」という説明でカタがつく。コンクリートの方はいろいろと議論を呼んだ。しかし五十年も六十年も前のことなので省く。ただ私にとっては、 「これも〝青春〟だ」と思っている。それも個人の経験としてでなく、組織としての経験だと思っている。 しかし沖田は動かない。当時はビデオテープが高くて思うように使えない。すべてスタジオからナマで放映する。だからスタッフはみんな気が気でない。ハラハラしてくる。 が、突然沖田が動いた。パッとふとんをハネ飛ばし、うめきはじめた。これが京都で鳴らした新選組一番隊長沖田総司の成れの果てだ。くやしいねえ。本物の沖田さんの悲しみがゾクゾクと伝わってくるよ。そう思うと悲しくてくやしくて、とても動けるもンじゃねえ、動けねえンだよ!」バッと布団を叩いた。スタッフがみな私を見た。■■39エルダー  「それがすべてです」   ■    ■       

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