エルダー2023年3月号
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「古着哲学」を持つ若者・鉄次郎人から聞いたところでは、鉄次郎は「古着哲学」を持っているそうです。次のような内容です。・新しいデザインばかり追うことが大事ではない・古い物(古着)のなかにも、見落としてきた大切な宝がある・呉服屋は古着を売ることを忘れてはダメだというものです。しかし店主は、「京都は新しい着物の生産地で、ウチはそれを売るのだ」といって、店員を煽■り、「新しい着物の型の勉強をしてくる」といって花街にばかり行っていました。米屋の儀兵衛は、「鉄次郎が可哀想だ、角田はやがてつぶれる」と語っていました。そのとおりになりました。角田呉服店はつぶれ、店員は全員解雇です。多少の退職金が出ましたが、鉄次郎には古着が数枚渡されました。「お得意さまに売って退職金のかわりにしておくれ」人のいい店主はそういい、「お得意先はおまえにゆずるよ」とつけ加えました。鉄次郎は承知せざるを得ませんでした。お得意先は全部行商で、かれ自身が努力して得たものです。行商は〝暁■の明星から宵■の明星まで〟というのがかれの信条です。暁の明星も宵の明星も同じ星です。金星です。月の護衛のようにピッタリついています。朝早くから夜がくるまで、という労働時間の長さを例えた言葉です。鉄次郎はそういう働かされ方をしていました。かれの〝古着重視〟が店で嫌われたからです。しかしその鉄次郎に、米屋の儀兵衛は声をかけ家に呼びました。初対面ではありません。目的(ムコにしたい)を持つ儀兵衛は前々からネライをつけて鉄次郎に接近し、昼食に誘ったりしていました。鉄次郎の「古着哲学」もよく知り、「古い物にも磨けば宝石になる原石がある」という主張に共感していました。そして意外なことに、娘の秀がこの接近を前向きに受けとめました。普通なら、「生涯の伴侶を親が勝手に決めるな」と反■撥■するところですが、秀は違いました。ということは彼女も鉄次郎に好感を持っていた、ということです。ですから親にかくれて鉄次郎に関する情報を自分なりに集め、ひとりで分析し、「うん、なかなかいいじゃない」とナットクしていたのです。そしてこの夜は期待に溢れてフスマの裏に座っていました。はじめての話ではなく、それらしい予兆は鉄次郎も知っています。儀兵衛と鉄次郎の話合いは支障なく進みました。・鉄次郎は飯田儀兵衛家に入り秀のムコとなる。名も新■七■と改め・儀兵衛が隠居するまでは米の商売を手伝う・儀兵衛の隠居後、鉄次郎は独立し古着商になる・このときの秀の進退は秀にまかせるということで合意しました。乾いたクールな申し合わせです。こうして高島屋米店は再出発しました。しかし若い鉄次郎・秀夫婦の未来には「古着商」という夢がありました。(次号に続く)35エルダー       ■ ■■ ■■   る■■

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