エルダー2023年4月号
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秀の古着哲学しかし、売る商品がなかった。新七はタメ息をつくばかりだった。見ていた秀がいった。 「新七さん。品物はあるわよ」 「どこに?」 「そのタンスのなか」 「だって、これはおまえの嫁入り衣装だぞ。大切な品だ。売り物にはできない」 「いいえ、売り物にできるわ」秀はいいきった。目は輝いている。 「わたしはこう思っているの。わたしの嫁入り衣装を店に並べて、買ってくれた人がいたらわたしはこういおうと思っているの」 「何ていうんだ?」 「古着のなかにも、いい形や色合いがひそんでいる。それを見つけたあなたとはお客さんではなく 「フフフフ」 「あいかわらずお嬢さんだ」 「でも嫁入り衣装だからってタ 「・・・・・」 「新しい流行品だけが着物じゃお友だちよ。これからそういうおつきあいをしましょう」新七は笑った。ンスの底にしまい込んでおくだけじゃ、着物が可哀想だわ。もっともっと役に立てなければ。買った人が違う人に売るかも、そうなれば古着のなかに新しいものを見つけるお友だちが少しずつ増えていく」新七は黙った。もともと新七が古着に執着したのも、実をいえば秀の考えと同じだったからだ。ない。古い物のなかにも、いまの世の中で大事にされるものがある。いや大事にしなければいけないものがあるのだ」というのが、新七の〝古着哲学〟だった。秀と考えはピッタリ一致していた。新七はうれしかった。 「秀よ、ありがとう。この着物を店に出そう」出した着物はすぐ売れた。 「新しい流行品?  「わたしの嫁入り衣装です。古着です。でもこの着物のよさをわかってくださる方に、どんどん着ていただきたいンです」 「賛成よ、流行品だけが着物じゃないわ。あたしもそういってすぐ売るかも」 「ありがとうございます。ステキなお客さまです」 「着物だけでなくヨイショも上手ね。でもエラいわ、大事な着物を売りに出すなンて」 「この着物のよさをたくさんの女性に知ってほしいンです。着てくださった方とはみんなお友だちです」ステキね」 「この着物を着た人とはみんなお友だち? えね。あたしが最初のお友だちね?」誇りを持って自分の大事な着物を売りに出した秀の考えは、口コミで評判になった。新七の行商にもはずみがついた。新七が勤めていた角田はつぶれたが、主人は、 「おまえさんが大事にしていたお得意さまは、みんなゆずるよ」といってくれた。新七と秀の唱える、 「流行品だけが着物じゃない。古い物のなかにも磨けば光る宝石がある」という主張は多くの人の共感を            店は現■代■に続く有名店になった。得た。流行品が買えず、古着にしか手が出せない貧しい人々がたくさんいたからだ。二人はそういう人々の救い主でもあった。二人のお客でなく、いい考39エルダー

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