エルダー2023年5月号
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SDGs、あるいは社会的包■摂■としての両立支援可能性を自分のなかから排除する、いわば見て見ぬふりをしている状況です。それでも病気は人を選びません。高齢社員はいうまでもなく、若年からミドル世代の社員も含め、少なくない人が病気にかかります。その要素を「特殊な人のこと」として目をそらさず、しっかりと直視して働き方のリスクヘッジを労使で行っていくことが求められます。年代ごとに行う集合型のキャリア研修で、生涯のリスク要因を加味したマネープランをシミュレーションしたり、定期キャリア面談において、職務だけでなく生活面を含めたキャリアの視点から中長期目標を設定したりすることで、それぞれの立ち位置に応じた働き方や目的を自覚し、労使で共有することができます。そのようにして、日ごろから長期のライフキャリアの視点を持つことで、自らが高齢社員としての段階に入っていく過程で、給与や役職だけではなく、職業生活終盤における安心・安定という要素も、主要な報酬の一つとして認識されます。職務については一定のアウトプットを求められる代わりに、不測の事態で社会とのつながりを断ち切られることなく、体調に応じた働き方をともに考え選択できるという安心感は、今後ますます高齢社員が増加していく流れのなかで、大きな企業価値になっていくと考えられます。この恒常的なライフキャリアの構築は、企業の両立支援の具体的なかかわりとしても大いに役立ちます。なぜなら、病気の治療やその副作用・後遺症は非常に個別性が高く、画一的な対応では企業は対処しきれないからです。日常的に自らのキャリアにしっかりと向き合っていることは、予期せぬ変化に際しても的確な自己理解を助けますし、労使における情報共有や適正配置にも役立ちます。冒頭の田中さんは、先の見通しがない状態で勤め先に話すことで、雇い止めにされてしまうことをひどく恐れていました。相談開始時に「率直に相談できる人は社内にいませんか?」とたずねたところ、少し考えてから「率直に相談はできるけど、率直に雇い止めをいい渡されたら、取り返しがつかないんですよね」と苦笑されたことをよく覚えています。結局、田中さんは主治医と相談のうえ、第一選択の治療である手術ではなく、まとめて休む日数が少ないと見込まれる薬物療法を受けることに決め、勤め先には病気を伝えずに治療を開始しました。その入院の合間に面談を重ね、事後報告の形で人事に伝えるべき内容を話し合っていきました。後日、契約が更新されたと聞き、よかったと思う反面、もう少し違う進め方ができなかっただろうかとも考えます。いまも答えは出ていません。「社会的包摂」という言葉があります。「社会的に全体を包み込み支え合うこと、だれもが社会に参画する機会を持つこと」を意味します。企業はその一つひとつが小さな社会であり、事情を持ち合わせる個人の集合体といってよいでしょう。働くなかで突然病気になったり、子どもの不登校に悩んだり、頼りにしていた親の介護が始まったり、配偶者に先立たれたり…。核家族化した生活のなかで、どんな事情にも無縁だという人はいないのではないでしょうか。緩やかにつながるコミュニティとしての企業の存在意義というものは、たしかに社会的な価値があるものだと思います。それぞれの事情を全体で包み込み、排除をせず、可能な役割を見出して参画をうながす、それこそがSDGsの「誰一人取り残さない」という理念なのではないでしょうか。経済活動は、社会課題の解決と対立するものではなく、両立されるべきものです。人の質のよい日常が守られるようになりました。そんな現代にふさわしい、多様なあり方を包摂する社会への変化が、企業における両立支援の取組みから広がっていくことを願っています。医療の高度化によって、自分や周囲の大切な■■2023.510

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