エルダー2023年5月号
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19エルダー食文化史研究家●永山久夫バターやチーズというと、ヨーロッパやアメリカというイメージが強いですが、実は日本にも、独自の「牛乳文化」が大いに栄えた時代がありました。『源氏物語』の紫式部や『枕草子』の清少納言、それに歌人の小野小町などの美しくて才能豊かな女房たちが活躍した平安時代です。『源氏物語絵巻』に描かれている女性たちの顔立ちは、みんなふっくらとしていて、円満な表情をしています。身の丈以上に長いつやつやの髪の毛も特徴的です。髪は良質のタンパク質を中心に、ミネラルやビタミンなどの豊富な食物を日常的にとらなければ、長くて丈夫にはなりません。しかも、宮仕えの宮■■■女■■たちは、毎日、何枚もの重ね着が必要で重たい着物で行動しているのです。体力がなければ、務まりません。そのような時代に、王朝社会の貴族たちの食膳にのぼっていたのが古代チーズといわれる「蘇■」だったのです。蘇の加工は、平安時代以前から行われていましたが、飛鳥時代の末ごろには国家的事業の貢■■蘇■の制度がつくられ、日本各地の生産量も増えていきました。貴族たちに支えられた古代日本の牛乳の加工食品は、甘味があっておいしく、しかも、栄養効果の高い食品として、特に高貴な女性たちの間で人気がありました。当時の記録によれば、「牛乳一斗を煮詰めて、蘇を一升得る」とありますから、牛乳を弱火で根気よく煮詰めると、10分の1の固形物ができ、それが蘇ということになります。私もテレビ局の依頼でつくったことがありますが、甘味の強いチーズという感じで、実に美味です。絵巻物などに出てくる平安貴族たちの表情は、ふくよかでおだやか。栄養状態のよさを示し、優雅なふるまいを感じさせます。乳製品には必須アミノ酸のトリプトファンが多く、脳内の幸せホルモンと呼ばれるセロトニンを増やします。レシチンも含まれており、創作能力を高めるうえでも役に立ちます。ミネラルも多く、免疫力を高める亜鉛も含まれていますから、病気を防ぎ、不老長寿の人生を送るうえでも、蘇は役に立っていたはずです。意外に進んでいた王朝の牛乳文化幸せホルモンを増やすFOOD354日本史にみる長寿食古代チーズと女流作家

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