エルダー2023年5月号
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龍馬の夢をしのぶ有力国は日本と交易条約を結んだ。お慶は遠山一也たちの情報によって、「イギリスは日本のお茶をほしがっている」ことを知って、イギリスから申し込まれる前に茶の生産地から大量の茶を集めた。坂本龍馬が、「イギリスとは同じ島国で、海でつながってはいるが、あまり大きな取引はしないほうがいい。大損をするぞ」と警告した。そして、「小さな舟に〝平和〟と書いた旗を立てて、ロンドンのテムズ川に送りこんだほうがいい」といった。龍馬らしくないマジメな表情だった。お慶は坂本龍馬のこの案にどこか魅■かれるものを感じたが、「また坂本さんの大ボラが始まっ「そんな子どもじみたことは、海       ■■    「違約金と弁償金」「男の見かけの品行のよさやオイた」と笑い、援隊でやればいいじゃない」と本気にしなかった。お慶にはそのころイギリスから十万斤■の茶の申込みがあり、さらに遠山を介して大量のタバコの輸出の保証人になっていたからだ。坂本の大ボラにくらべ、遠山の品行はマジメだ。お慶は遠山の品行も品性も信じた。ところが遠山は何か事情があったのだろう、イギリスの商人から代金を受け取っていながら、タバコの現品を渡していなかった。責任が保証人のお慶にまわってきた。ということで、お慶が六千両支払うことになった。お慶は、シイ言葉はアテにならない」と身にしみて悟ったが、彼女も日本の女性だ。「ダマした男より、ダマされた私がオバカだった」と、いさぎよくあきらめた。事件の真相は、集めたタバコの量がイギリスが求めた量に達していなかったことにあったようだ。「わたしが何とかする」と駆けずりまわったのはお慶だ。彼女も引き渡しのときにまだ要求量に達していないことは知っていた。が、「不足量はすぐ何とかする」と考え、また、「何とかできる」と、日本人特有の大ざっぱな任侠精神が働いたこともたしかだ。しかし現実はきびしく、ソロバン勘定にきびしいイギリス商人相手では、そんなアイマイな取引きは成立しなかった。この経験で、お慶はつくづくと自分がつくった男への評価の基準である、「品行と品性の関係」が、結局はあまりアテにならな従■いていった。いことを知った。弁償金の支払いで、先に得た茶の利益をすべて失った。気の毒に思ったイギリス領事は、長崎県令に、「お慶さんは、日英の茶貿易の橋を架けた功労者です。表彰してあげてください」と申し入れた。県令はこれを実行した。お慶は苦笑した。苦笑の陰で、お慶は一つの光景を頭のなかに思い浮かべた。それは船上に〝平和〟の旗を掲げて、「地球上から争いを追い払おう」と、世界中の港を説いてまわる坂本龍馬と海援隊の船の姿である。その龍馬は国内戦争による討幕を嫌ったために、討幕側からも親幕側からも狙われ、維新直前に暗殺されてしまった。お慶が思い浮かべたのは、ビンに詰めた日本のお茶と、そのビンに括■りつけた小さな旗の案だ。旗には〝平和 れ、海援隊の行く所にはどこでも日本国お慶〟と書か35エルダー

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