エルダー2023年6月号
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屋号を戸籍名に京都の伏見に〝寺田屋〟という宿がある。幕末には薩摩藩の定■宿■だったが、別の事件で有名になった。坂本龍馬が刺客におそわれたことだ。知人が、「京都を案内してくれ」といえば、必ず寺田屋と新選組の屯所跡をコースに入れる私は、寺田屋の主人とは馴染みだった。客が入ると、主人は自分が吹きこんだテープレコーダーのスイッチを入れる。龍馬の事件を自分の声で語るのだ。あるとき、知人を連れて訪れると主人は馴れでレコーダーのスイッチを入れた。「おれはいいよ」というと、私を見て気づき、伊■助■」「ハハハ、気づきませんでした」と笑ってスイッチを切った。そして話しかけてきた。「家庭裁判所の許可がおりましたよ」「何の?」「名前ですよ。姓は寺田屋、名は気取ってミエを切った。私は、ほほえんだ。主人が〝寺田屋伊助〟と丸ごと改姓改名をしたくて、その筋に要望書を出していたことは、この宿を頻繁に訪れる者ならだれもが知っていた。「よかったね、念願がかなって」私は素直に祝った。名前を変え■    ■■る例は多いが姓まで変える心意気(それも屋■号■を姓に組みこむ主人の気の入れ様)は、龍馬へのもの■■2023.630[第127回]

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