〝隠れ債務〟問題を背景に大きく変化した退職金制度石田 そもそも退職一時金は、退職する人が発生すれば給与と同じように費用として計上されます。しかしある年度にたくさんの従業員が退職すると、費用が膨らみ、売上げから費用を引いた利益が減少し、業績が悪化すると先の見通しがつかなくなります。企業会計においては、会社にお金を貸している債権者、投資している株主などの利害関係者に対する説明責任がありますが、会社が将来退職する従業員のために積み立てている退職給付が、十分かどうかがわからないという問題が生じていたのです。そこで、〝隠れ債務〟と呼ばれる不足分を投資家に明らかにするため、国際会計基準の導入が求められるようになりました。日本でも1998(平成10)年6月公表の「退職給付に係る会計基準」(企業会計審議会)で、企業が将来、従業員に支払わなければならない退職給付債務を貸借対照表上に計上することが求められるようになりました。その結果、以前の会計情報では見えなかった将来出ていく退職年金支払に対する責任準備金の積立不足が明らかになりました。2001年3月期決算の主要上場企業の積立不足は、連結ベースで9兆7800億円の巨額におよぶと報道されました。退職金の隠れ債務によって財務状態が悪化すれば、株価や社債の発行など経営にも悪影響をおよぼします。そこで、積立不足を解消するために、特別損失を計上したり、積立不足が発生しにくい退職年金制度を導入するようになりました。その一つが確定拠出年金(企業型DC)への移行です。DCは毎月企業が支給する掛金を従業員の自己責任で運用する年金ですが、確定給付企業年金(DB)と違い、企業に運用責任がないので積立不足を心配する必要がありません。そのためDBからDCにシフトする企業が増えていったのです。石田 が支払う退職金が変わらなければ、支払いが先延ばしになるだけであり、毎年支払うキャッシュアウトフローが逆に抑えられるというメリットもあります。ただし、定年延長をした場合、退職金を計算する際に必要となる生存率や死亡率をはじめ、退職率や割引率、期待運用収益率など細かい指標をすべて見直さないといけません。退職率にしても雇用期間が延びることによって過去の退職率のデータも使えなくなります。割引率、期待運用収益率などを計算し、出てきた新しい数値をベースに将来の負債や費用がどれぐらい発生するのか、あらためて計算する必要があります。大企業にはこうしたことを担当する人事労務担当者が配置されていると思いますが、中小企業の場合は、そうした担当者を配置することはむずかしいのではないでしょうか。例えば雇用期間が延長されても、企業―退職金制度はこの20年間に大きく変化しています。特に退職年金については、従来の確定給付企業年金(DB)※1から確定拠出年金※2(企業型DC)に移行する企業が増えています。その背景について教えてください。義務となり、定年延長をはじめ労働者の就業期間も延びています。退職金制度との関係ではどのような影響をおよぼすのでしょうか。合、退職金はどのように算定するのですか。―70歳までの就業機会の確保が企業の努力―例えば定年を60歳から65歳に延長した場※1 「確定給付企業年金(DB)」……加入した期間などに基づきあらかじめ給付額が定められている年金制度※2 「確定拠出年金」…… 加入者自らが運用を行い、拠出した掛金額とその運用収益との合計額を基に給付額を決定する年金制度。企業型確定拠出年金(企業型DC)と個人型確定拠出年金(iDeCo)がある玉川大学 経営学部 教授石田 万由里さん2023.82
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