エルダー2023年10月号
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信長のときは木の人形は多少緊張した。「はあ?」昭光も身構えた(何だろう?)。「話がきたか?」(ああ、会葬者か)昭光は答えた。「細川様父子が」「幽■斎■父子か?」「はい」「ほう」「三百両のご香料を添えて」大金だ。幽斎は号で昔は藤■孝■といって義昭の重臣だった。途中から信長に乗りかえたのでいろいろいわれた。歌人、茶人としても名をなしている。息子の忠■興■も風流武将として名高い。妻はキリシタンでマリアという洗礼者。明■智■光■に、藤孝は即座に髪を切り僧になって幽斎を号して隠居した。マリアを離縁して幽閉した。マリアが、「父の所には戻りません」というので、のちに秀吉の仲介で復縁した。秀吉も細かくいろいろ面倒をみた。秀吉がいった。「ところで頼みの大工だが」貴人の葬儀はかかわりを持つ職人はじめ関係者の職種、人数など一切を関白が管理する。義昭の棺桶造りには大工を二人頼まれていた。「一人だ、二人はムリだ」昭光はちょっと異議をいいかけたが、すぐ引っこめた。ずいぶんと世話になっているのでこれ以上ムリはいえない、と悟ったのである。「おい、昭光」秀吉が軽い調子で親しげに名を呼んだ。「はい」「信長様のご葬儀を覚えているか?」「はい、殿下がお仕切りになり、大層りっぱなものでございました」「あの時の棺桶」「はあ?」「中身」「?」「木だ、人形だ」秀吉は笑った。昭光は笑わない。呆れた。しかし心のなかで納得した。あの日(未明)襲われた信長は自ら本能寺に火をつけて自焼した。遺体は最後までみつからなかった。(そうか、そういうことだったのか。殿下もなかなかやるな)それにしても信長様を木の人形にするとは。昭光はひとりで笑った。おかげでいままでの苦労で溜まった鬱屈感(モヤモヤ)が一挙に消える気がした。「殿下」「何だ?」「おかげさまで気が晴れました」「それはよかった。わしも珍しく二君に仕えぬ忠臣に会えて、スッキリした」「ありがとうございます。そのお言葉を家宝にいたします」「大げさなことをいうな。義昭様のことはよろしく頼む」「おまかせください。最後のご奉公です。精一杯務めさせていただきます」昭光は言葉通りつつがなく義昭の葬儀を済ませた。やはり、「信長にイジメぬかれた将軍」ということが、京都人の同情を呼んだのだろう。そして祭壇脇に控える昭光をみ「本当の忠臣だ」「ごくろうさまでした」なかには涙を拭く人さえいた。葬儀後の昭光は前と変わりなく、地域の人々のために尽くしたという。■■■■■■■■■■■秀■の娘だ。父が信長を弑■したとき31エルダーて「あれが真■木■嶋■様だ」

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