天下を平らか(平和)にしようと聞くと、「水野忠之でございます」と答えた。「ああ、名門だな」「岡崎城をお預かりしております」「神君(家康)の愛城だ。よろしくたのむ」「はい」「ことしの幕府の予算は?」いきなりブッツケた。忠之は、「○○○○両でございます」と即座に答えた。「フム、支出額は?」「○○○○両でございます」これもよどみがない。「しからば補正の必要は?」「先日の嵐で崖くずれ等の補修費が必要でございます」吉宗は心の中でニッコリ笑った。(この男はイケる)と感じたからだ。「江戸城もヤラレたのか?」「はい、相当に」「見に行こう」行動派の吉宗は立ち上がった。他の連中も供に従おうとした。吉宗はとめた。「水野だけでよい。他の者はここで待機せよ」これで老中の一次評価は終わりだ。老中たちは勘定奉行を連れてこなかったことを後悔した。かれがいれば、「ナンデモおまかせあれ」と大ミエを切ったのに。忠之は吉宗を石垣に案内した。くずれていた。黒い幕が張ってあった。通行人に見せないためだ。「また石を積むのか?」吉宗の問いに忠之は、「いいえ」と首を振った。「どうする気だ」「木と草を植えます」「ほう」「野鳥には家を。モズ、カケス、ホトトギスなどに」「ハッハッハッ」と吉宗は笑い出した。「なかなかの風流人だな、草は?」「まず彼岸花(曼■珠■沙■華■)です。人間が忘れてもあの花は忘れません。時期がくれば必ず咲きます。あのへん(忠之は桜田門の前あたりの通りを示した)から眺める真っ赤な花の群れは、実にみごとでございます」「なにが?」「平和、天下が平らかなしるしでございます」「フフ」吉宗は笑った。「神君にかぶれたな、『古書〝大学〟』の一節だ」「はい。私の目標でございます」「けっこうな目標だ。わしの目標でもある。大岡とともに励め。わしを支えろ。天下を平らかに平和にするのだ」「かしこまりました。励みます」「ただし」「はい?」「はじめての改革を経験する江戸の市民には、温かくきびしく」「はい」「温かいほうの感謝は大岡に」「はい」「きびしい面の悪評は約定のとおり、すべて忠之おまえがうける」「承知いたしました」このことは戻って、待機中の重職に告知される。水野忠之は「老中首座」に就任した。■■■33エルダー
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