〝あの作品〟小説 『姥うざかり』(著/田た辺な聖せ子こ 1981年)心に残るこのコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品の高齢者」を綴ります■■■ ば べい ■トレノケート株式会社国家資格キャリアコンサルタント産業カウンセラー田■中■淳■子■■■かくありたいと思う憧れの女性がいます。田辺聖子さんの小説『姥ざかり』の主人公、歌子さん、76歳。明治生まれで昭和初期に船■場■の商家に嫁ぎ、戦後、力が抜けてしまった姑と夫に代わり、商売を盛り立てて、事業を大きくします。その会社を長男にゆずってからは、いっさい仕事にかかわらず、自分のしたいことをして生きている、その姿がじつに頼もしく清々しいのです。本家の屋敷は古くて不便だと息子にゆずり、歌子さんは東神戸の海も山も見えるマンションに一人暮らし。3人の息子やその連れ合いたちは、歌子さんを年寄り扱いし、何かと「一人では不便では」といってくるものの、歌子さんを心配してのことではなく、息子が3人もいて親を一人で住まわせているのは世間体が悪いと考えていることもお見通しです。歌子さんはとにかく忙しく、子どもや孫たちの相手などしている暇がありません。絵画や英語を習い、お習字を教え、白いスーツを身にまとい、観劇など外出も楽しみ、とにかく充実した日々を送っています。朝食は、グレープフルーツと紅茶とトースト。次男宅に泊まった際、年寄りは味噌汁と漬物好きなのだろうと出されたことに対して、「洋風料理が好きな年寄りもいるのだ」と憤慨します。晩酌の描写も素敵です。『五勺の日本酒に、ヒラメのエンガワなんかのお刺身。灰■若■布■を水にもどして、さっと、しらす干しなんかと二杯酢であえたもの』、『ときどき、ベランダの鉢から、花のつぼみをとって来て、箸枕にしたり』、『それらを心しずかに、ひとくち、ひとすすり、しつつ食べる』。自分の好きなものを好きなようにいただく生活を手放してなるものかと思っているのです。必死に働いて、夫も見送り、やっと得られた一人の暮らし。老人仲間が愚痴をこぼしたり、孫自慢ばかりしたりするのにうんざりしている歌子さんは、ひたすら「自分のいま」を楽しむことに集中しています。3人の息子が連絡しては煩■わしいことばかりいってきますが、その面倒くささがあるから、いまの暮らしも楽しめるのかもしれないと思ったりもする歌子さん。男女雇用機会均等法第一世代の私は、同性の先輩が長く身近にいませんでした。みな、職場を去ったからです。歌子さんの物語を読んでいると、凛とした引退後の生活がとても魅力的で、懸命に働いた後、こういう生活が待っているなら、歳を重ねることも悪くないと思わせてくれます。「歌子さん」の小説はシリーズ化されており、いまでも手に入るので、ぜひ読んでみてください。■■田辺聖子『姥ざかり』(新潮社 刊)53エルダー第7回のの高高齢齢者者
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