■■■■■■ ちてき■■■■ ■■小説 『終わった人』(著/内う館だ牧ま子こ 2015年)心に残る〝あの作のの品高高齢齢〟者者このコーナーでは、映画やドラマ、小説や演劇、音楽などに登場する高齢者に焦点をあて、高齢者雇用にかかわる方々がリレー方式で、「心に残るあの作品の高齢者」を綴ります社会保険労務士川■越■雄■一■「定年って生前葬だな」。内館牧子さんのベストセラー小説『終わった人』は、このひと言から始まります。主人公は大手銀行の出世コースから子会社に出向・転籍させられ、そのまま定年退職を迎えた田■代■壮■介■です。エリートで仕事一筋だった主人公ですが、定年後は職探しもままならず、わが家に居場所もなく、迷いあがき続けます。主人公の年齢設定は63歳。まだ心技体とも枯れていないのに、職場からの退場を余儀なくされます。その後は、定年前の自分に未練を持ちながら「こんなはずじゃなかったのに……」と葛藤の末、自分の居場所を見つけ出すというストーリーです。『終わった人』というタイトルはなんとも衝撃的でした。この言葉、仕事ばかりか人生まで終わった人のような印象を持ったからです。人生を終えるというのは死を意味するわけですから、定年退職がそれと同等に扱われるのがショックでした。というのは、私自身も主人公と同じ年代であり、とても他人事とは思えなかったからです。さて、この小説はまさに定年後の生き方をテーマにしたものです。定年を境に職探しも思うようにいかない主人公とは対照的に、自分の夢へ向かって活き活きとしている妻・田代千■草■と食い違いが生じ、夫婦関係も気まずくなります。程度の差こそあれ現実によくある話ではないでしょうか。なかでも、主人公が中小企業へ面接に行った場面が印象的でした。「何だって東大出がうちあたりに……」と、面接もまともに受けられない様子が、あまりにリアルであり、その光景は容易に想像できます。また、登場する高齢者の発した「若い頃に秀才であろうがなかろうが、大きな会社に勤務しようとしまいと人間行きつくところは大体同じ」が心に刺さりました。そういえば、私が若いころ勤務していた会社の社長も、還暦を迎えたときに同じようなことをいっていたことを思い出します。『終わった人』は、シニア世代にとっては現実的なテーマであるし、若い世代にとっても「明日はわが身」、普遍的なテーマを投げかけた小説です。一方、シニア従業員のモチベーションアップに取り組まれる人事担当者にとっても、高齢者が何を考え、何に悩んでいるかを理解するうえでたいへん参考になるのではないかと思います。余談ですが、『終わった人』は映画化されました。主人公・田代壮介役は舘■ひろしさん、妻・田代千草役が黒■木■瞳■さんです。『終わった人』とは無縁そうな2人だったからこそ、深刻なテーマがそこまで重くならなかったのかもしれません。2024.156内館牧子『終わった人』(講談社 刊)第8回
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