父の予想通り、薬学の専門学校で学んだことで化学工場での職を得た幡本さん。その後、夫と2人で薬局経営を目ざすことになるが、岐路に立つたび強運が味方してくれた。「安全薬局」誕生ギネス世界記録の認定漢方で毎日明るく元気にいま、次女夫婦と一緒に住んでいます。週6日店に出る私にとって、娘夫婦の存在はたいへんありがたいです。終戦を迎えて少しずつ平穏な日々が戻っていきましたが、人生というのは本当に一寸先が見えないものです。自営業の仕事をしていた夫が知人の保証人になったことで店を失いました。友人が困り果てている夫に、奥さんが薬剤師なのだから薬局をやればいいじゃないかとアドバイスしてくれました。家に帰ってきた夫からその話を聞かされた私は、子育てというたいへんな時期だというのに、気がついたら二つ返事で賛成していました。心のどこかで父の「薬剤師は生涯やれる仕事」という言葉を思い出したのでしょう。薬局を開業することを決めてからは、とにかくたくさんの人にお世話になりました。一番頼りになったのは薬学専門学校時代のお仲間です。薬局を経営する友人のところで見習いをして一から教えてもらいました。いろんな方の協力で営業許可も取り、医薬品も一式そろえ、雑貨も少し置きました。商売が少し落ち着いたころ、やはり学校時代の先輩が、「これからは漢方薬の時代が来るから漢方薬の勉強をしなさい」と声をかけてくれました。漢方薬の世界は奥が深く、まずは古典から学びました。特別講座などを受講している間は家を空けることが増えましたが、友人が支えてくれました。少しずつ漢方薬の調剤ができるようになったとき、思い切って雑貨を置くのをやめ、漢方薬に特化した店舗に変えました。「安全薬局」の変遷にかかわらず、ずっと通い続けてくださるお客さまがいなければ70年という長い歳月を経て、営業を続けることはできなかったと思います。遠方から通ってくださる方もいます。自分の子どもに「安全薬局」をつないでくれた方もいます。ただただ感謝しかありません。私は2022(令和4)年7月に99歳292日の時点で世界最高齢の現役薬剤師ということでギネス世界記録に認定していただきました。5人いる孫の1人が何かで調べてきて、すごいことだから申請しようということになったのです。世界記録という栄誉はそれこそ私のものではなく、皆々さまのものだと感謝しております。前、「もし」友人の一言がなければ「安全薬局」は存在しませんでした。とがありますが、思いつくのは、いま、住まいが3階なので店に出るために毎日20段の階段を昇り降りしていることぐらいです。あとは、起床後に10分ほど手足を動かし、自己流のストレッチをやっています。ら、私がよたよたしていては申し訳ありません。私がいま毎日心がけていることは、お客さまがこうしてほしいと思っていらっしゃることを叶えてさしあげたい、ということです。そのために、どうしてこうなったのかしら、今後どうしたら健康を保つことができるのかしらなど根本的なことを話し合い、お互い努力をしてお客さまから「ありがとうございました。お陰さまで元気にすごしております」とおっしゃっていただいたときが私の一番の元気の源です。長生きができた身体を与えられたこと、大勢の方々の御指導で現在があることに感謝し、これからもお客さまとの御縁を大切に、毎日元気で明るくすごしていきたいと思います。歴史に「もし」はないといいますが、70年いろいろな方から健康の秘訣を聞かれることにかくお客さまに健康を売る仕事ですかそして、すばらしい天職を与えられたこと、43エルダー高齢者に聞く
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