エルダー2025年3月号
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エルダー63しかった。そんななか、「洗い張りだけでは満足に稼げない」と一念発起し、40年ほど前に呉服の販売を始めた。そのおかげで、洗い張りの需要が減るなかでも仕事を続けてくることができた。「『こすい(ずるい)ことはするな。まじめにコツコツやれ』が両親の教えでした。どんなに手間がかかっても、親から受け継いだ仕事のやり方を守り続けています」その仕事ぶりや業界への貢献が認められ、2021(令和3)年に「卓越した技能者(現代の名工)」の表彰を受け、2024年には「黄綬褒章」を受章した。織物や染め物と違い、裏方である洗い張りはなくなってしまうのではないかという危機感がある。「着物が好きで、日本の伝統文化を残したいという熱意のある人がいれば、いくらでも教えます」有限会社鹿島屋TEL:03(3651)6166 (撮影・福田栄夫/取材・増田忠英)張りをもたせる方法だ。この伸子を張る間隔や、糊入れに用いるフノリの濃さも、生地によって変える必要がある。田川さんは長年の経験でつちかった指先の感覚で、生地を触って適切な伸子張りの間隔やフノリの濃さを瞬時に判断し、手際よく作業を進めていた。親から受け継いだ仕事のやり方を守り抜く鹿島屋を創業した洗張職人の父親の姿をみて、「父の仕事が一番だ」と思いながら育った。「小学生のころ、作文に『大人になったら人間国宝になる』と書いたことがあります。同じ新小岩の江戸小紋の職人が人間国宝なのに、なぜまじめにやっている父は評価されないのか、と思っていました」高校を卒業すると家業に就き、下働きから始めて仕事を覚えていった。最盛期には職人を雇い家族総出でもこなしきれないほど忙表生地に糊入れをする。糊の濃さは生地の状態によって変える。胴裏(着物の裏地)の場合は薄塗り。最盛期には胴裏を50反まとめて糊入れしていた。表生地はこの後、湯のしをして幅を整える生地のコシ・ツヤを出すための糊入れに用いる天然のフノリ。乾燥した海藻の状態から溶かして使うJR新小岩駅近くの商店街にある「鹿島屋」。戦前に創業した父親が、故郷の茨城県鹿島郡にちなんで名づけた2021年に「卓越した技能者(現代の名工)」の表彰、2024年に「黄綬褒章」を受章した。「国のお墨つきを得た以上、いい加減な仕事はできません」生地のしわを伸ばす方法の一つ「湯のし」。生地に蒸気を当てながら幅を整える。着る人の体形に合わせて幅を伸ばすこともある父親は洗い張り一筋だったが、田川さんは洗い張りに加え呉服の販売を始め、需要が減少するなかで商売を軌道に乗せた。反物を巻くのもお手のものだ vol.349

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