エルダー2025年5月号
43/68

退職する旨の定年制を有していた企業においては、従前であれば、従業員は、満60歳で退職することになるのだから、責任ある役職・ポストはそのタイミングで空くことが予定されていました。しかしながら、この企業が①65歳までの定年の引上げや、③定年制の廃止を選択した場合には、従前の制度のままだと、①を選択した場合には65歳まで、③を選択した場合にはその者の退職または降格まで責任ある役職・ポストが空かないという事態に陥ることになります。そこで検討されるのが役職定年制です。前述の通り、役職定年制を導入した場合には、高齢従業員の雇用を維持したまま、一定の年齢(55歳など)で、その役職のみを外すことができることになります。そのため、上位のポストを高齢従業員が保持し続けてしまうという問題を解決し、若年層の従業員に責任あるポストを与えて企業の新陳代謝を図ることが可能となります。役職定年制の導入2⑴ 賃金の減額をともなわない役職定年制役職定年制には、役職手当の不支給や基本給の減額などの賃金減額をともなうもののほか、単に役職を解くのみで賃金の減額をともなわないものが想定されます。役職定年制に関するリーディングケースであるみちのく銀行事件判決では、「五五歳到達を理由に行員を管理職階又は監督職階から外して専任職階に発令するようにするものであるが、右変更は、これに伴う賃金の減額を除けば、その対象となる行員に格別の不利益を与えるものとは認められない。したがって、本件就業規則等変更は、職階及び役職制度の変更に限ってみれば、その合理性を認めることが相当である」と判示しました(最高裁平成12年9月7日判決)。この判例の論旨からすれば、賃金の減額をともなわない役職定年制については、その合理性は比較的肯定されやすく、役職定年制を導入する旨の制度変更の有効性が肯定されやすいものと考えられます。⑵ 賃金の減額をともなう役職定年制企業としては、役職定年制により従来の役職を解き、その役職とひもづけられた業務や責任から解放するのであれば、その分一定程度賃金を減額したい、あるいは、そもそも賃金支払総額の抑制のために役職定年制を導入したいと考えることもあるかと思います。もっとも、賃金の減額をともなう役職定年制の導入は、従業員の労働条件の不利益変更に該当するため、①就業規則の合理的な変更、または、②労働者の同意が必要になります。そして、賃金に関する不利益変更は労働者に対する影響が大きいため、その有効性は厳しく審査されることになります。熊本信用金庫事件3コストカットを主たる目的とした役職定年制の導入が問題となった比較的新しい裁判例として、熊本信用金庫事件(熊本地裁平成26年1月24日判決)があげられます。この事案では、役職定年制度の導入により減額される賃金の程度は、55歳到達後60歳までに毎年10%、60歳到達時には50%の削減率に到達するというものでした。裁判所は、従業員の被る不利益について、「役職定年到達後の労働者らの生活設計を根本的に揺るがしうる不利益性の程度が非常に大きなもの」と評価したうえで、このような不利益の大きさからすれば、合理性を認めるためには「相当高度な経営上の必要性」があり、かつ、「不利益を相当程度緩和させるに足りる措置」が必要としました。そのうえで、本件における賃金削減の必要性は「一定程度あった」ものの、近い将来に破綻するような危機が具体的に迫っているものとはいえないとして、高度の必要性までは認定せず、また、本件役職定年制は、55歳以上の職員のみに著しい不利益を与えるものであること、不利益緩和措置が不十分であることなどを理由として、変更の合理性を否定しました。熊本信用金庫事件では、コストカットの負エルダー41知っておきたい労働法A&Q

元のページ  ../index.html#43

このブックを見る